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世界の終末で、蛇が見る夢。

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*(shouko)



――暗い、暗い、小さな街灯に照らされた夜道。私は、少し先を一生懸命走っている、彼の後を追っている。夜気に息が白く、きれぎれに流れていた。どうして逃げるの。わたし、何かしたの? 彼は時々、引きつった顔を振り向かせながら、走る、走るはしる――ただひたすらに。一体どうしたの。まって。逃げないで、ねえ待って、行かないで、置いていかないでお願い…ねえ!
間近にまで追い付いた時、彼はこれ以上はないというくらいに怯えた顔をして、目を見開き――暗転した次の瞬間、目が覚めた。
(ゆ、め……)
ほの白い天井。いつもの自分の部屋。
覚醒したと共に理性が働き始め、それにつられて思い出す嫌悪感に、私は長い髪に隠れた顔をしかめた。
今日で三日、今朝で三回連続して、あの人の夢を見た。三日前に消えた、あの人の。…今し方の夢でその彼を『呑み込んだ』、あの喉を通過する感触を思い出して無意識にそこを押さえた。胃の辺りが気持ち悪い。ムカムカして、少し吐きそうな感じがする。
それは、いつも親しい付き合いをしていた男性と別れた後に見る夢。
たとえば年経る蛇である私は美しい女に化けて男と恋に落ちるとか、または男も私もそれぞれ蛇で、いやらしく長い体を絡ませていたりする。
たとえば幽霊のような存在の私は、逃げまどう男を大きな蛇が長い舌で捕らえてひと呑みにしていくのを、ただ見ていることもある。私をやさしく組み敷く男の首に回した腕が、いつの間にかうねる蛇になって首を締め上げたときもある。
それは背徳的で、退廃的で――けれど禁忌(タブー)のない夢。起る全てを至極当然のこととして受け止め、人を殺すことも侵すことも、喰らうことにさえも、特別の感情は抱かない。ただ、奇妙な懐かしさのような感情で胸がいっぱいになって目が覚める。目覚めたときの不快感たるや相当なものだけど、いつもは一回きりで終っていたからさほど気になどしなかった。そもそも、夢と自分の恋愛との関連に気づいたのだって、つい最近で。
けれど『お付き合いが終わった』あとに『一度だけ』、まれに二度三度と見るときがあっても、その間隔は空いていたこの夢。何より今回のように、日常的な別れがそのまま『別れ』になったことはなかったし、ましてや連日連夜見続けることだってなかった。
流石になにかあるんじゃないかと気になって夢占いの本などを開いてみた。けれど書いてあるのは当たり障りのない、しかも私にとって的外れな模範解答ばかり。抽象的で参考にはなっても解決には繋がらない。
親子ほど年の離れていた、仕事場では上司と部下という間柄の私たち。でも、互いにシングルの私達が付き合うのに別に何の障害もなかったし、不満もなかった。
伴侶と死に別れた人とはつきあってはいけないとどこかで聞いたことがあるけれど、そんなものは関係なく私達はうまくつき合っていた。これからもずっとこの関係は続くと何の根拠もなしに信じていた。
なのに三日前、日曜の晩。いつものように「おやすみなさい」「また明日」そう言い交して別れたあと、彼とはそれきりになってしまった。次の日、出社した私の前に彼の姿はなかった。彼は消えていた。
欠勤だとか退社をしたとか転勤したとか引っ越したとか、そういった生やさしいレベルではなかった。『彼』という存在の一切が、文字通り消えていた。
会社ではあの人の部下だった筈の青年が、さも当たり前のような顔であの人のデスクを占領している。ありとあらゆる所から「井(い)原(はら)行人(ゆきひと)」と言う彼の名前が消え、あるいは違う名前に差し替えられていた。
誰に訊いてもあの人の事を覚えていないばかりか、「もう何年も前から彼(先週まであの人の部下だった筈の青年)の下で働いてたじゃない」と言われる始末。
私は混乱した。手の込んだいたずらだとさえ考えた。そう思い込もうとした。ことごとく違う名前で署名捺印がされている書類の山をかき分けた。
一日が経ち、二日が過ぎ、三日目でようやくこれは現実なんだと受け止めた。でも、やはり納得がいかない。彼は何処へ行ったの? それとも全て――尋ねた人が二言目には「夢でも見たんじゃないか」と言う、その指摘通りなのだろうか。夢か、あるいは妄想か…。まさか、そんな筈はない。
もしそうだとすれば、突き詰めていけば私が私であるという存在証明(アイデンティティ)さえ危うくなる。それほどまでに私の中で彼の存在感は大きく、強かった。彼の消失はそれほどダメージを与えた。
あなたは今、どこでなにをしているの。あなたは本当に存在したの?
思い余った私は経理担当の後輩に社内名簿を調べて貰うことにした。
個人情報について厳しい昨今。理由も明かさずに危ない橋を渡らせるのは申し訳ないので、彼女…経理にいる三伏佳恵(みぶせかえ)にだけは、給湯室でお茶の用意ついでにざっとあらましを説明する。彼女も当然、彼のことを記憶から消してしまっている一人なのだけど、私だけが憶えているという奇妙かつ不可思議な事象のほうに興味を持ったらしい。
「みんなが忘れてしまっているのに一人だけ憶えているだなんて…ああ、なんか凄いロマンチック…これはもう愛、いいえ運命…!」
「ちょっ…ちょっと佳恵ちゃん?」
祈るように両手を組み、あらぬ方を向いてうっとりしている彼女を慌てて現実に呼び戻す。怪訝な顔をされるのを覚悟していただけに、このリアクションは想定外だ。
「ああっ、ごめんなさい先輩っ。ワタシ昔からこーゆーのに弱くて…。でもそういう事でしたらやります! 任せてください!」
この日、昼休みを使い二人して散々データを探し回った結果、不自然な空白のレコードが1件見つかっただけに終わった。本当に、他には何の手掛かりもない。けれど私には、その有り得ない不自然な空白こそが彼の存在した証に思えた。
「う〜ん…これ以上は調べようがないですねぇ…」
彼女は結果が出てもしばらくは未練のようにマウスをいじっていたが、ふと何かを思い出したのか「あ、そーだ!」と、唐突に声を上げる。
「私、いい人知ってます。今の先輩にはうってつけの」
「……何の話?」
「ですから! 先輩の消えたカレシの事みたいな…不思議な事件の相談に乗ってくれる人ですよ」
そう言って私に一枚の名刺を差し出た。少し離れた町に住むその人物は、何でも彼女の末の弟妹が通う学校に勤める、現役の教師なのだという。公務員が副業(しかも拝み屋!)をしていてもいいのだろうかと思ったが、曰く「彼は特別」なんだとか。
「先生、すごくいい人ですよー。子供達にも人気ありますし」
率直に胡散臭いと思った。けれど一晩考えて他に当てがあるでもなく、それに誰かに話を聞いて貰いたい気持ちの方が勝っていたので、午前中のうちに連絡をとってみることにした。
童守小学校、5年3組担任、鵺野鳴介(ぬえのめいすけ)。名刺に記されていたのは他に学校の住所と電話番号だけ。…連絡先を職場にしているなんて結構な神経ではないか。正直、そう思った。