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世界の終末で、蛇が見る夢。

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*(nueno)



残留思念を追い掛けることができない。
通常ならばさして困難もなく感じることが出来るというのに、まるで最初から答えのない問題をやらされているようなもどかしさ。…まさか依頼人に担がれているとは思えないし、でも本当に「消えた」のならばこういうのもアリかと思って調査を続けていた。
正直、少し行き詰まっていてきたある日、ふと一週間以上になる今日の今まで、まだ写真すら見せて貰っていないことに気がついた。俺らしくもない。人捜しなら真っ先に写真だろうに。そう思って彼女に尋ねたら大変なことになっていた。
アルバムに貼った写真から、彼の姿が消えているという。彼だけでなく、彼女自身も。確かに差し出されたアルバムには、彼女の写真は一枚もなかった。
なんてことだ。昔観た映画に、過去へ戻って自分の親達に干渉されたせいで自分の存在があやうくなる…というのがあった。まさかそんなことが現実に起きているのか。でもあの映画の場合、この写真のように今ここにいる、生きている人物の姿まで完全に消えてしまうだなんてことは無かったはず。
それとも、これは一種の予知か、予告か。だとしたら誰が、なんのために、誰に向けての警告――警告?…警告、なのだろうか。唐突な言葉に我ながら戸惑う。しかし理由としては一番しっくりくる。その鉾先は、誰。消えた彼氏か、彼女か、…それとも、この俺か。
この日、俺は「帰らないで」と訴えられた。しかし色っぽい理由からではもちろんなくて、一晩の用心棒を務めて欲しいという心細さゆえの発言だった。
突然の申出にどうしていいかうろたえてしまい、今にして思えば余計な気を使わせたかもしれない。とにかく、心ここにあらずといった風にぼんやりしている彼女へ、急ごしらえの結界札を手渡してこの日は帰った。
本当はついていてあげたかった。「側にいて欲しい」と縋るまなざしに応えたかった。けれど…何故だろうか、ここで夜を越してはいけないという気がする。世間体とかそういう理由だけでなく…ちょうど虫の知らせのような。
実は、彼女には少し嘘をついていた。最初にマンションを調査したとき『悪いものは感じない』と言った。本当は微かに感じる気配があったのだが、人間にマイナスの干渉をするでもない、彼女の件に絡んでいるかどうかすら分らなかったから言うまでもないと思っていたのだ。余計な心配は掛けたくなかったからだ。
しかし、そうも言ってられなくなった。
それから2日後、マンションの通路を何か引きずる音がすると、管理人から苦情があったのだという。正確には階下の住人よりの訴えだそうだ。このマンションはあまり人が入っていないし家賃も安いしで(何せ公然と『おばけマンション』なんて呼ばれるくらいだ)、住人それぞれが多少のことには目を瞑って暮らしてきたのに、耐えられず訴えるほどの騒々しさらしい。上の階(薔子さん――おとといのハプニング以来、名前で呼ぶことが多くなっていた――の居る階だ)で真夜中、一晩中ぐるぐると大きな物を引きずるような音がするのだという。
それは同時に薔子さん本人にも起こっていた異変だった。朝起きると、ユニットバスからベッドの周りまで点々と水溜まりができているのだという。そして住人の証言を裏付けるように、彼女の部屋まで続いている水の跡。彼女の部屋が出発点なのか、終点なのかは分からない。見ようによってはどちらとも受け取れる。俺はその現場に居合わせたことがないので断言は控えたい。ただ、かろうじて残る妖気で人間業じゃないと判るが、他の人に説明するのは難しい。
本来なら彼女が一番の被害者の筈だが、弁解するにもあまりにも状況は不利で、隣近所や大家からの詰問などで憔悴しているのが見てとれる。それでも、俺が行くと笑顔で迎えてくれる。この笑顔を覆う陰を取り除いてあげたい。守ってあげたい。助けてあげたい。俺の力で。

「何か大きな物を引きずるような気配……これはいわゆるポルターガイスト現象とみて間違いないでしょう。それから、水。みず……水神……水の神、みずち、…蛇…」
連想ゲームのように、次々と思い浮かぶものを思いつき次第言葉にしてみる。
「なんだか、あからさまな気もするけれど……」
最後は溜め息と共に、呟くように言う。目の前には、枯れ葉とも薄布とも、あるいはスーパーのレジ袋ともつかないものがある。今日、改めてマンションの周囲を見聞していて、鬼門に当たる方角の灌木で見つけた『皮』だ。蛇の抜け殻のようなもの。『ような』というのは、その大きさが普通の大蛇などとは比較にならないほど尋常でなかったからだ。怪異(あやかし)の気配がうすく漂っていなければ、俺だってゴミと間違えていただろう。
とにかく思いつく凡てが、『蛇』を指し示している。けれど、それは妖怪の仕業にしてはいやに露骨すぎてかえって疑わしい。犯罪者が現場に身分証明を落としていくようなものだ。よほど自己顕示欲旺盛なヤツなのか。
「失礼ですが、蛇に関する記憶はありますか? 最近でなくても、子供の頃、とか」
「子供の頃……は、私、田舎で男ばかりの兄弟の中で育ちましたから、蛇はそんなに嫌いじゃなかったんです。女の子が他にいなくて、兄の友達たちと一緒になって捕まえたりして…一時期は家で飼ってたこともあるんです」
「飼ってたんですか」
「ええ、今では考えられませんけれど、そのときはプラスチックの虫籠に入れて。ちゃんと、餌もバッタとかカエルとかあげたりして」
すごいでしょう? と笑ってみせる彼女は、今からは想像も付かないほどに子供時代はパワフルに過ごしていたらしい。成長するにしたがって、他の女の子に合わせてなんとなく避けていたら苦手になったのだという。話していくうちに、何か記憶が浮かび上がってくるらしく、軽くこめかみに指を当てていた。
「そう、いつだったか……飼っていた蛇を、逃がしてしまったことがあって」
「外に逃げたんですか?」
「いえ、その…実は家の中で、なんです。タンスの裏とか押し入れの奧とか、いろいろ探したんですけど見つからず、それきりで……ずっと気になっていたんですけど、引越しのどさくさで忘れてそれっきり。…もしかしたら、それが?」
「…まあ可能性としてはそれもあるでしょうけど、もうちょっと、……んー、スケールが違う気がして」
コンクリートの湿り気の跡からも微かに感知できた妖気は、もっとずっと古い物だった。もしかしたら彼女ではなく、彼女の家系に対してかけられた呪詛(のろい)かもしれない。だとすればこれは少々やっかいだ。様々な対策のパターンを考え込んでいるせいで、自然と部屋の中は沈黙が漂う。
「お茶、入れかえてきますね」
「あ…、はい、済みません」
停滞した空気を変えるように彼女はそういうと椅子を引き立ち上がる。ほんの一口分ほど中身が残っていた湯呑みを手渡し、キッチンへ向かう彼女の後ろ姿を見届け再び考え込む。