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輪廻の果て

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三話



「お帰り~イザ兄!」

「帰、兄」

「ただいま。・・・今朝と服装が違う。返り血また浴びた?」

臨也は出迎えてきた妹たちに深い深いため息をはきながら、屋敷の奥へ奥へと向かっていく。自分の後ろには妹たちがぱたぱたとしながらくっついてきた。

「だってしょうがないじゃん!」

ぷんぷん、と言いながら頬を含ませる妹二人に臨也はまたあからさまにため息をついた。

「別に俺が頼んでることだけどさ。いい加減にもうちょっと綺麗にやりな。衣装だって高いんだから」

臨也は一呼吸置き、拳を握りしめた。これから一癖も二癖もある頭の悪い妖怪と対峙するのだ。生半可な覚悟でいけるはずがない。
そして一番大きな襖が開かれる。ずらりと並ぶ妖怪達が一様に臨也に頭を下げた。最高礼の形を皆がとる。
臨也は妖怪達が並び、頭を下げている中を歩いた。そして上座に座り込む。妹二人はそれぞれ臨也の左右に腰掛けた。赤い瞳が細められ、冷たい声が部屋に響き渡った。

「面を上げろ皆の衆。さて、今宵集まってもらったのは他でもない。今京の都で何が起こっているのか知れておろう」

妖怪達は一斉に頭を上げ、神妙な顔つきで臨也を見つめる。その妖怪全ての視線を受けてもなお、臨也の表情は変わらない。

「京の都で、我らの法度を破る妖怪が跋扈している。我の眷属であるこの者達が狩りを行なっておるが、どうにも数が減らない。
 聞くところによると、その狂っている妖怪達は皆理性を失い、己が誰なのかも分からない状態なのだそうだ。さて、我が言いたいことが分かるな皆の衆」

臨也の冷たい言葉に、視線に、妖怪達の顔がこわばっていくのが分かる。そう、臨也は調べさせた。この妖怪事件の黒幕が誰かを。
そして突き止めた。その妖怪が己の配下にいたことも。臨也は一度大きな息をつく。その臨也の一挙一動に妖怪達はふるえがあがった。

「この場で言うならよし。我直々に手を下し、この場で断罪しよう。ただし、ここで言わぬのなら・・・。我らの時は長い。死なぬように拷問するのも悪くはない。
 なぁ?そう思うだろう、脚殺ぎ地蔵?」

「っ」

臨也はにぃっと口角をあげ笑う。けれど赤い瞳は氷鋭の様に鋭く冷たかった。他の妖怪も一斉に脚殺ぎ地蔵を振り返る。
名を呼ばれた妖怪はがたがたとふるえだし、見るからに顔面が蒼白だった。

「さて、言うてみよ。誰が裏を引いた」

ここまでされて、もはや誰がこの一件の黒幕だったのか分からぬはずがなかった。脚殺ぎ地蔵はがたがたと歯をかち合わせながら、ゆっくりと立ち上がりのろのろと臨也達の前にたどり着く。
何かを呟いているようで、ぶつぶつと歯が合わさる音の間から声が聞こえる。臨也は眉をひそめることもなく、静かに言い下した。

「己の所行を悔い、潔く死を選べ脚殺ぎ地蔵」

「・・・ぞうが・・・」

「そこに跪け脚殺ぎ地蔵」

「若造がぁぁぁっ!頭に乗るなぁぁぁぁっ」

次の瞬間、脚殺ぎ地蔵は目をかっと見開き、憤怒の形相でいきなり刀を振り上げ臨也に襲いかかろうとした。
妖怪は脚殺ぎ地蔵の行動に驚き、臨也の左右に控えていた妹たちですら一瞬動く事ができなかった。
誰もが息をのんだその瞬間、脚殺ぎ地蔵は臨也にたどり着く前に膝を崩しそのまま倒れ込んでしまう。
真っ赤な鮮血がだらだらだと流れ出し、緑の畳を染め上げていく。
ざわざわと騒ぎ出した妖怪は己達の上座に座る臨也を見て一様につばを飲み込んだ。

「馬鹿が・・・」

冷たく響く臨也の声に、妖怪達は騒ぐのをやめ静寂が部屋を包み込む。
臨也はまるで汚い物でも見るかのように、脚殺ぎ地蔵の死体を見下しながら指を鳴らした。
とたんに脚殺ぎ地蔵が青い炎に包まれて一瞬のうちで塵となり消えてしまう。

「よいか、皆に言う。今度また同じように我らの法度を破ってみろ。こやつと同じ末路があると思え」

臨也はそう言うと立ち上がり、歩き出す。妹二人もその後に続いた。妖怪達が一斉にまた頭を下げる。
屋敷を歩く。どんどん奥へ、奥へ。そして漸く己の自室にたどり着くと、臨也は行儀悪くその場で寝そべった。

「つっかれたぁ~」

「ねぇねぇイザ兄!イザ兄がここまでするのってもしかしなくともあの巫女様のため?」

「為?」

妹二人はとても興味津々と言った顔で臨也の衣服を引っ張る。臨也はちらりと妹たちを見ると、人差し指を一本立ててそのまま右へ振った。

「ふぇ!?」

「驚!」

すると二人は思いっきり風に飛ばされ、跡形もなく空の彼方へととばされてしまった。
漸く静かになった自室で臨也は伸びをし、ため息をはく。

(そうさ・・・あいつらの言うとおりだ・・・。俺は帝人君のためにずっとずっと)

帝人君の力は強い。だからいつもいつも危ない話が彼女の元へと舞い込んでくる。その度に彼女は傷つき、血を流す。
死ぬ思いを何度もしているであろうに、それをおくびにも出さず平然と笑い人々のために力をふるう。
そんな彼女であったから臨也は惹かれ、そして同時に恐ろしいと思った。

(・・・彼女が死ぬなんてこと・・・・絶対にさせない・・・)

彼女の職業は死がつきまとう。彼女の力が強ければ強いほど。だから、臨也は動く。彼女に生きていて欲しくて。
本当に短い人生だから。その儚い時をもっと縮めるなんて許さない。

「君には生きて欲しいんだ・・・帝人君・・・」

疲れがどっと押し寄せてくる。臨也は疲れ探さそう睡魔に抵抗することなく、その赤い瞳を瞼で隠した。



作品名:輪廻の果て 作家名:霜月(しー)