輪廻の果て
二話
自分とあの人間が出会ったのは、人々が平安と呼んでいた時代にまでさかのぼる。
出会いは必然。紅葉が降る境内で二人は出会った。相手は巫女、己は妖怪。相反する二人。けれど、分かち合えたのもまた二人。
「臨也さんって人を襲わないんですね~」
二人はのんびり茶屋で団子を食べていた。一方は黒ずくめの真っ白な毛皮の付いた衣をまとい、もう一人はこれまた赤と白の色がまぶしい巫女装束。
二人の格好は場違いであり、普通なら人々の冷たい視線を浴びせられひそひそと噂されるはずだった。
けれど誰も臨也と帝人に視線を送らない。まるでそこには誰もいないかのように人々は過ぎ去っていく。黒ずくめの能力が二人を隠していた。
「襲って欲しいわけ?」
「そう言う訳じゃないんですけど・・・。生き肝食べてたのかなって」
この京都で今起きていること。それは人の生き肝を妖怪が食べている、と言うこと。
しかも乳飲み子の肝が一番栄養があり、美味という噂。噂なのは誰もその真意を知らないし、知っているのは妖怪だけだから。
しかもその妖怪に訪ねようにも、妖怪は悪だと言われているこの京都で妖怪に訪ねる人間などいなかったからだ。
臨也は呆れた表情で隣に腰掛け、団子を頬張っている帝人を見つめた。
「は?何でそんな気持ち悪い事するのさ?意味分かんないから」
「気持ち悪いんですか?けっこう美味しいって聞いたんですけど・・・」
「誰に聞いたの、それ。・・・全く嫌だよ乳飲み子とかさ。乳臭いったらない」
臨也は肩をすくませ、ことさら嫌な顔をした。そして残り最後の団子串を頬張る。もぐもぐと二人して京の都を闊歩する人々を眺めていた。
時折臨也は帝人を盗み見る。どこにでもいる普通の容姿に幼い体つき。華奢、とでも言うのか。
けれど、それに全く不つり合いな強大な力を持った巫女だった。
この京の都を探しても、きっと帝人以上に力を持った人間はいないだろう。臨也は着物の口から除く白い帝人の肌を見つめた。
誰にも汚されたことのない、汚れを知らない淡い白雪。欲しいと奪いたいと思う。渇望する。けれど同時に守りたいと、慈しみたいとも思っている。
そう、臨也は帝人を愛していた。妖怪でありながら、その長でありながら、巫女であり、人である帝人を愛していた。
「神主様がそう言ってたんですけど。・・・そうですよね妖怪にも嗜好それぞれですよね」
「何帝人君も、妖怪はみんな生き肝が好きだと思ってた?ひどーい」
「むぅ。しょうがないでしょう。だって僕は人で、あなた達妖怪の事などまるで知らない。考えることしでしか知ることはないんです」
臨也は頬を膨らませた帝人の頬をつつきながら、微笑を浮かべる。可愛いな、と純粋に思う。
「まぁ、出会い頭に殺そうとするならそうなるよね~」
そして思い出す。初めて帝人にあったときのことを。あれは衝撃的であり、忘れることのできない出会い方だった。
「あ、あれはその!・・・すみませんでした」
帝人がとてもばつの悪い顔をするするものだから臨也はことさら優しく彼女の頭を撫でた。
「ふふ、いいよ。あの行動は『巫女』としてとても正しい行動だ。だから君を責めるつもりはない」
「・・・臨也さんは甘やかせすぎなんです」
「そう?俺がこんな事するのって帝人君以外いないよ?」
「嬉しがらせるのもお上手ですね。それも年の功ですか?」
頬を染めながら、睨まれても臨也にはまるで効果がない。それを知ってか知らずか(たぶん後者だ)帝人は時々このような顔をする。
臨也は妖怪であるから、ここに生きている京の人々よりももっと長い時を生きてきた。年の功、と言われれば確かにそうかもしれない。
それに、人を見ることが好きだったため人が喜びそうな言葉態度などはお手の物だった。
けれど、帝人に対してそんな手練手管を使おうなどと思ったことはなく、素直にただ無意識に使ってしまっている。
臨也はそんな自分の変わってしまった心に苦笑をしつつ、それをまたくすぐったく思いながら帝人の額に唇を堕とした。
あまりの不意討ちに帝人の青みがかった瞳が見開かれる。
「あんまり大人を煽らないでよ」
「っ!臨也さん!?」
「あはは!全く君は本当に飽きないんだから!」
臨也は笑ってまた帝人の頭を撫でると、地面を跳躍した。だんだんと驚き顔の帝人が小さくなる。そして臨也は背を翻し、己の館がある山へと向かった。