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輪廻の果て

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五話



あれから行く数年。少女とぬらりひょんは会い続けた。そして、臨也は恋に落ちている己に気がつく。
決して交われぬ時を生きる人間に恋をし心を奪われた。

「臨也さん!・・・また境内に張り込んで・・・!みんなに見つかったらどうするんですか!」

箒を持ってこちらに駆けてくる帝人に臨也は愛しさを隠しきれない。本当ならこのまま己の腕の中に閉じこめてさらってしまいたい。
けれど、そんなことをすれば帝人は臨也を拒絶するだろう。そんな心が手に入らない行為を誰が望む。

「平気平気。俺、人の気配に敏感だし。何かある前に帝人君が俺のこと結界で隠してくれるしね」

「結界だって分かる人が見たら分かるんですよ!・・・お願いですから無理しないで」

眉を八の字に曲げて服の裾をつかみながら言われると、応えるものがある。けれど臨也は己の欲に蓋をして帝人の手触りの良い髪に触れた。

「無理じゃない。それにこうでもしないと帝人君に会えないじゃないか」

「僕が仕事で外に出た時にでも会えばっ!」

「帝人君の仕事って言ってもこの頃はやけにいつも護衛がつきまとっていて、終わった後は君は疲れ切っていて運び込んでもらってるよね」

「それはっ・・・」

最近の帝人は妖怪の臨也から見てもとても過酷な仕事をおっていた。人の限界を超えた力の酷使。
それが何を招くのか分からぬ人間達に吐き気を感じる。昔の臨也なら考えも付かない感情。けれど、帝人はそんな人間を愛おしいと、大切だと言うのだ。
だから臨也は手をこまねいているしかない。そんな自分にも吐き気がして気持ち悪い。

「俺は君が心配だよ・・・帝人君」

帝人の漆黒の髪に唇を堕としながら、帝人を見つめる。青い瞳が悲しみに揺れていた。
臨也は衝動的に帝人を抱きしめたい気持ちに駆られる。何もかも、帝人の心に負荷をかけているもの全てを奪ってやりたい。
帝人の背に手を回そうとして、やめる。代わりに拳を作ってその衝動を耐えた。

「ごめんね・・・君を困らせたくはなかったのに・・・」

「良いんです・・・臨也さんは優しいですね」

「無理に、笑うなよ・・・」

「ぇ・・・」

臨也は帝人の頬を撫でると、彼女の肩に額をくっつけた。一瞬帝人の肩が跳ねる。けれど、帝人は拒絶をしなかった。
代わりに今にも泣き出しそうな弱々しい声を出す。

「臨也さん・・・」

あぁ、本当にこのまま連れ去ってしまいたい。臨也は帝人には分からぬように歯を食いしばりながら、独り心の衝動に耐えるしかなかった。

「・・・臨也さん」

「ん・・・?」

帝人が何か言いたげに臨也の名前を呼ぶ。臨也は顔を上げると帝人を見つめた。彼女はどこか決意をした顔をして臨也を見返す。
臨也の裾を握る手に力がこもった。

「・・・できたらっ・・・、今日の夜僕の局に来てくれませんか・・・・」

最後の言葉は余りにも小さくて聞き取りづらかったが、妖怪の臨也にとっては聞こえない声ではない。
臨也にとって問題だったのはその内容。言葉に臨也は完全に言葉を失った。

「だめ・・・です、かっ」

唇をわなわなとふるわせ、不安げに見つめてくるその瞳。この時代の女性が誰かをしかも異性を局に招くことがどういうことなのか。
流石に世間に疎いこの巫女でも分かっているだろう。
臨也は一瞬顔をゆがめた後、その細い身体を折らぬように抱きしめた。

「行く・・・。行くに決まってるよっ・・・」

「っ」

臨也は今、とても叫びだしたい気持ちだった。今すぐ誰かにこの歓喜わき上がる気持ちを伝えたかった。
けれど同時に誰にも言わず心の奥底にしまい込みたいとも思った。これは自分だけが知っていたい気持ちだったから。

「いざやさっ・・・くるしっ・・・」

「っ!ご、ごめっ」

腕を放すと、帝人は顔を真っ赤にしながら自分から臨也の胸に抱きついてきた。臨也は驚きながらそれでも愛おしそうに帝人の頭を撫でる。

「待ってますから・・・」

「うん・・・」

臨也はこのとき己は何か夢を見ているのではないかと感じた。都合の良い夢の途中。こんな幸せなことが突然舞い込むなんて。
だから、気がつかなかった。帝人の肩が若干震えていたことに。



作品名:輪廻の果て 作家名:霜月(しー)