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輪廻の果て

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六話





静かな夜だと臨也は思った。風のざわめく音以外生き物の音が聞こえない。
不審に思いつつも臨也は音を立てずに回廊を渡る。出会う人間の殆どは臨也気が付かず、
また何かを感じても臨也の姿は見えないため、気のせいだと勘違いしているようだ。

(それにしても・・・ちょっとおかしいかな・・・)

先程から見かける人間はどいつもこいつも力がないか、もしくは矮小なものたちだけだった。
帝人といつも行動を共にしている都屈指の実力者達はどうしたのだろう。
大きな仕事があるとは聞いていない。そんな仕事には必ず帝人は連れて行かれるから、今晩来て欲しいとは言わないだろう。
では、どうしてこうも人がいない?

(・・・おかしいよねぇ。これって確実に、)

臨也は足を止め天上に浮かぶ月を眺めた。皮肉な笑みを浮かべ、いつもの優しげな笑みをゆがめる。

(あぁ・・・、なるほど・・・・)

臨也は己の考えに苦笑し、嘲笑し、そしてまた回廊を歩み始めた。


「来てくれたんですね・・・」

局に来てみれば、襦袢姿の帝人が柔和に笑いながら出迎えてくれた。
臨也は哀しげな笑みを浮かべたあと、うんと笑ってみせる。
持ってきた手みやげをそっと彼女の前に差し出した。

「これ、帝人君好きでしょ」

「わぁ!はい!で、でも高かったんじゃ・・・」

「へーきへーきだって俺妖怪だもん」

「・・・それ全然平気じゃないですよね?」

「ん?硬いことはきにしなーい」

「もう・・・。ふふ、ありがとうございます臨也さん」

臨也が持ってきた土産を嬉しそうに受け取る帝人に先程自分が考えた事が嘘なのではないか、と。
もしかしたら彼女は知らされておらず、回りが勝手に画策したのではないかと信じ込みそうになる。
けれど、このやり方はどう転んでも彼女の、帝人の協力無しでは成果はない。
それでも、いいと臨也は思った。帝人が、彼女がそう望むのなら。
臨也は素早く土産を取り上げると帝人の胸を軽く押す。帝人の身体は重力に逆らうことなく背中から倒れ、彼女の視界には臨也しか映らない。
臨也はそっと帝人の耳朶に触れながら殊更官能的に囁いた。

「・・・愛してる」

「っ」

帝人の瞳から一粒の涙がこぼれる。臨也は一瞬その涙を見てひるみ、震える手で帝人の頬を撫でた。

「帝人君?」

「いざやさっ」

帝人はぼろぼろと堰を切ったように泣き出し始め、臨也は更に困惑する。
どうして良いのか解らず、いつもと同じように彼女を落ち着かせるため幾度となく頭を撫でてやる。

「泣かないで、お願いだから・・・」

「いざやさっ、にげっおねがっ」

しゃくりを上げながらそれでも必死に言の葉を紡いだ帝人に臨也は哀しげな笑みを見せた。
そして押し倒した帝人の身体を抱き起こす。泣く帝人の頭を己の肩口に押し当て深く深く息をついた。

「いざやさっ・・・・?」

「ねぇ帝人君。俺さぁ君になら殺されても良いと思ったんだよ」

帝人の肩が殊更跳ねる。臨也は帝人を抱きすくめるように腕に力を込めた。

「君たちが本当に『妖怪』を排除しようとしているのは嫌って程解ってる。だから俺を狙ったんだよね」

「いざやさんっ」

帝人は何とか藻掻いて臨也の腕から逃れようとするが臨也がそれを赦さない。

「だから君は君の役目を果たしな。そうしなきゃ君が疑われちゃうよ」

臨也はね?と帝人に笑いかけた瞬間、臨也の腕が離れたその時帝人は勢いよくその手を振り上げていた。
耳にいたい音が局に響き渡る。呆然とする臨也と瞳に一杯涙をためて目を赤く腫らしている帝人。

「みかどく、」

「馬鹿じゃないですか!?知ってたら逃げなさい!臨也さんだったら逃げられたでしょ!?なんでこう易々と来ちゃったんですか!?」

「・・・いや、だって帝人君との約束だったし」

「っ!死ぬかもしれないと解ってるのに!」

「帝人君なら俺は殺されても良いよ?」

「僕は貴方を殺したくなんてない!」

帝人は肩で息をしながら、臨也の胸に頭を押しつける。そして嗚咽を零して鳴き始めた。
臨也は泣いている帝人の頭や背中を撫でながら、彼女が落ち着くのを待つ。

「逃げてくださっ・・・今ならまだ間に合うがらっ・・・」

嗚咽の合間に聞こえてきたのは帝人の切実なる願い。

「殺したくないのにっ・・・・!傍にずっずっど、いだがっだのにっ・・・!」

「帝人君・・・」

「にげでっ」

臨也は泣きながら必死に臨也に逃げろと伝える帝人の細い身体を抱きしめた。



作品名:輪廻の果て 作家名:霜月(しー)