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暦巡り

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雨水 2月19日



「ああ、大変!」
 日本の耳に飛び込んできたのは、だつだつと瓦を打つ雨の音。麗らかな陽気で穏やかな天気だった空は、いつの間にか機嫌を損ねて泣き出したらしい。
「洗濯物が濡れてしまいます……!」
 作業に集中し過ぎて気づくのが遅れてしまった。急いでパソコンの前から立ち上がり、日本はあわてて物干しに向かう。幸いなことに、バラバラと降る雨は物干しのある軒下まで吹き込むような強いものではなく、取り込んだ洗濯物も濡れておらず無事だった。
 ホッと胸を撫で下ろす。やれやれだ。
 畳に投げ出された洗濯物を手に取り、たたんでいく。一人暮らしの身だ、量はそれほど多くない。あっという間に綺麗にたたまれた衣類を年代物の箪笥に仕舞い、引出しを戻そうとしたとき、ふと、サーモンピンクのパーカーが目に止まった。
 『ますのすけ』という字がプリントされているアメリカの私服だ。
 実のところ、この箪笥の約三分の一はアメリカの服で占められている。
 アメリカが日本の家にやって来る度に着替えだなんだかんだと理由をつけて置いていき、いつの間にか増えたものだった。
 増えた私物は服だけではない。
 台所の食器棚、星条旗柄のマグカップはアメリカが持ち込んだもので、青いとんぼが散った大きな飯茶碗と、同じ柄の箸は日本が買い求めたものだ。
 来客用の使い捨ての歯ブラシが不経済だからと、アメリカ専用の歯ブラシを用意したのはいつぐらいのことだっただろうか。もう随分昔のことだ。
 ふっ、と口元をほころばせ、日本は目尻を下げた。
 家のそこここにアメリカの面影を見つけることが出来る。逆にアメリカの家には日本の物はほぼ置いていない。つまり、それほどアメリカが日本の家に入り浸りなのだ。
 時折、いささか常識外れの訪問の仕方をしたりするが、恋人に会えるのはやはり嬉しいし、「会いたかったんだぞ」とお日様のような笑顔で言われれば、愛しさも募る。
「……アメリカさん、今何してらっしゃいますかね?」
 そう呟いて柱時計を見上げた。
 現在、午後三時半。
 ということは、あちらは真夜中だ。
「……寝ていらっしゃいますね……」
 声を聞きたいと思ったが、今電話をかけては迷惑だろう。叶わないとわかると、余計に恋しい。しょっちゅう顔をつき合わせているせいか、こんな気分になるのは久しかった。
 アメリカのパーカーをそっと取り出し、あたかもそこに恋人の温もりを求めるように胸にかかえてぎゅっと抱き締める。それだけでは飽き足らず、服に顔を埋めてすんと鼻を鳴らすと、
「……」
 いつも使っている洗剤の匂いがした。当然だ。日本がこの前洗濯したのだから。
 なんだか自分の行動が無性に気恥ずかしくなり、そそくさとパーカーを元に戻す。こんな姿誰かに見られたら、赤面だけでは済みそうもない。何やってるんでしょうねとひとりごちて日本は嘆息を漏らし、引出しを閉めた。
「……夜になったら、電話することにしますか」
 今度、アメリカの家に遊びに行っても良いか尋ねよう。そして、手始めに自分用の新しいマグカップを買って持っていこう。
 そう思いながら日本はくすりと笑みをこぼした。




END

作品名:暦巡り 作家名:チダ。