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暦巡り

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啓蟄 3月5日



 くかか、というアメリカ猫の大きな欠伸につられて、タマもくああ、と鳴きました。
 今日は風もなく、穏やかに晴れていい天気。
 お空のてっぺんで輝くお日様から降り注ぐ日差しは冬の名残もなく、とてもぽかぽかです。
 ここは日本のおうち。その縁側には白と黒、大小ふたつのふかふかなお饅頭が並んで日向ぼっこをしていました。
 アメリカ猫とタマです。
「ああ、いい日和ですねえ……」
 のんびりとした調子でにゃあと、タマが言いました。
「うん、ぽかぽかなんだぞ……」
 うにゃうにゃと口を動かして、アメリカ猫も気持ちよさそうに答えます。
「こんな日はパトロールも良いけど、こうしてのんびり過ごすのも良いね」
「ご主人たちは出かけましたね。なんでもふきのとうを取りに行くのだとか」
「あ、うちのボスが、どうしても食べてみたいって言ってたね。……ところで、それっておいしいものなのかい?」
 アメリカ猫も興味があるのでしょう。空色の瞳をきらきらさせてたずねました。
「……なんと言いますか、あれは……春を余すところなく丸かじりと言えばよいのでしょうか……まあ、私たち猫には早すぎる味ですよ」
 たまは遠くに流れ行く雲を眺めながら、そう言ってため息をつきます。 以前、一度だけ皿からこぼれ落ちたふきのとうの天ぷらを――あまり行儀が良いとは言えませんが――失敬したことがありましたが、それは、なかなか複雑怪奇な味わいでした。二度目はちょっと遠慮したい部類の。
「なんだかあまり美味しくなさそうだね」
「まあ、好みは人によりけりですから。うちのご主人はあの独特のクセがたまらないと言ってました」
「うちのボスは気に入るかな、ふきのとう」
「どうでしょうねえ……」
 はてさてと首をかしげ、たまは目をしぱしぱと瞬かせます。
 そよ風が髭をなぞって優しく通り抜けていきました。
 長閑な昼下がり、うらやかな日差しはどこまでも暖かです。まったりと心地よい陽だまり中、ぼんやりと浮かんだ疑問は答えを出さずとも、ほろりとほどけて消えていきました。
「なんだか眠くなってきちゃったよ……」
「お昼寝、ですか……良いですね……」
 もちろんタマたちは猫ですから、午睡の誘惑には勝てません。二匹の声は徐々にまどろんで小さくしぼんでいきます。
 アメリカ猫がうつらうつらと船をこぎだし、タマが夢の中に片足を踏み入れたそのとき、
「うにゃ!?」
 アメリカ猫の驚く声に、タマは意識を引き戻されました。何にごとかと隣を見ると、
「あ、モンシロチョウですよ。アメリカ猫さん」
 どこからともなく飛んできた白いチョウチョがアメリカ猫の鼻の頭に止まっていました。
「わあ! なんだいこれ! 鼻がむずむず……へぷしゅっ!」
 こそばゆさに耐えかね、くしゃみをするとモンシロチョウはふわりと離れていきます。
 くしくしと鼻先をこすり、
「あー……ひどい目にあったんだぞ」
 アメリカ猫はそう言って、ふるると体を振るわせました。
「まあまあ、チョウもこの陽気に誘われたのでしょう。春ですしねえ」
「春なら仕方ないか……」
「仕方ないですよ。春ですもの……」
 突然のハプニングも、すっかり眠気を飛ばしてしまうにはいたらず、「春だから……」と繰り返す二匹の鳴き声はすぐにまどろんで。すっかり寝入ってしまうまで、さほど時間はいりませんでした。
 春の縁側には、寄り添って眠る猫が二匹。
 忘れ去られたモンシロチョウは、ひらひらと青い空にのぼっていきました。




END

作品名:暦巡り 作家名:チダ。