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愛しい物語の終わり

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金曜日


 その日は、朝から大雨だった。人気の少ない路地裏を、慌ただしい足音が駆け抜ける。通路脇に置かれていたごみ箱が、蹴り飛ばされて中身をぶちまけた。
 平和島静雄は、一足飛びにそれを飛び越えた。傘はとうに放り出した。力任せに毟り取った街灯も、路地に入る際に捨てて来た。雨はひどくなる一方で、目を開けているのも困難になっていた。不明瞭な視界の中、翻るコートを目印に追いかける。前を行く男の足は、一向に止まらない。狭い路地をするりと抜けて、ついには元いた大通りまで戻ってきた。黒いコートは大通りを突っ切り、傘を差した群衆に紛れ込む。 一拍遅れて大通りに出た静雄は、盛大に舌打ちした。通路脇で折り取られた街灯の根元が、バチバチと不穏な音を立てていた。
 この追走劇の理由は、二年前の事件かもしれないし、高校時代かもしれないし、もっと根本的な問題なのかもしれなかった。ただ、どちらかが死ぬまで終わらないだろう。それが、二人の唯一の共通認識だった。

 静雄は、傘の群れをじっと見つめた。通り過ぎる人々は、ずぶ濡れの男を見ないように努めていた。雨はざあざあと降りしきり、雑踏の音さえも紛れて消えた。あまりにも五月蠅く、逆に静かなくらいだった。静雄は通り過ぎる傘の群れをぼんやりと眺めた。臨也のことは忘れた。
 目の前を赤い傘が過った時、静雄は仕事に戻らなければならないことを思い出した。これから向かう予定の場所は覚えていたので、ずぶ濡れのまま歩を進めた。どこか遠くで、破裂音がした。銃声のようにも聞こえたが、すぐに雨音に掻き消された。誰一人足を止めたりはしなかった。
 しかし、静雄はぴたりと足を止めた。音に反応したのではない。見覚えのある人物が、前から歩いてきたからだ。それも、二人。静雄は立ち止まったまま、じっと目を凝らした。
「あー! 静雄さんだー!」
 静雄の姿を見つけて、少女が甲高い声を上げた。静雄の前には、先程追い回していた男の妹達が、色違いの傘を差して立っていた。セーラー服姿の舞流はともかく、体操着の九瑠璃はかなり視線を集めている。それがずぶ濡れの静雄の元に来たものだから、静雄たちのいる一角は、自然と人が避けて通っていた。
「何だお前ら、こんな天気に」
「帰……(学校帰りです)」
「ていうか、静雄さんこそどうしたのその格好! 水も滴るどころか滝のように流れてるよ!」
 言うなり、舞流は傘を掲げて静雄に降る雨を遮った。
「……濡れちまうぞ」
 静雄が傘を押し返そうとすると、舞流はぱっと手を離した。自由落下しようとする傘を、静雄が仕方無く捕まえる。
「大丈夫だよう! クル姉と相合傘するから!」
 九瑠璃は心得たとばかりに、舞流のすぐ傍に待機していた。舞流はさっと九瑠璃の傘の下に入る。
「おい」
「いーのいーの! こんだけ雨酷いともう目、開かないでしょ? ほら見て、雀だって雨宿りしてるよ!」
 静雄は、舞流の指差す先に目を向けた。建物のひさしの上、屋根で雨が遮られる僅かなスペースに、雀が十数羽止まっていた。それぞれに羽を膨らませ、じっと雨が止むのを待っている。
「おー……」
 静雄は感嘆の声を上げ、雀の雨宿りを眺めた。一番端に居た雀が、吹き込んできた雨に驚いて奥の方へ逃げて行った。他の雀が、迷惑そうに身を震わせるのを見て、静雄はつい口元を緩めた。
「可愛いよね! あんなに小さいのに、秋には海を渡るんだよ!」
「? そうなのか?」
 舞流の言葉に、静雄は首を傾げた。
「そうだよ」
「冬も居るだろ? 雀」
 子供の頃、真冬に動きが鈍い雀を、自転車で轢きそうになった覚えがあった。九瑠璃と舞流は、不思議そうな顔で静雄を見上げた。
「……いないよ。だってイザ兄が言ってたもん」
 舞流の言葉を聞いて、静雄は僅かに表情を強張らせた。先程臨也を取り逃がしたことを思い出し、不快な感情が湧きあがる。しかし、少女たちはそれを意に解さずに言葉を続けた。
「そういえば、もうすぐ誕生日だからイザ兄に電話してあげようと思ったのに、繋がらないの! せっかく、クル姉特性痴漢撃退スプレーの試作品をたっぷり送ってあげたのに!」
「辛……多……(香辛料色々)」
「お部屋に溢れちゃって、置くところ困ってたんだよねえ……」
「あいつはどうでもいいけどよ……あんまり危ないことはするなよ」
 あくまでも無邪気な様子の双子に、静雄は苦々しく嗜めた。
「はーい!」
「注……(気を付けます)」
 双子は、示し合わせたように良い返事をした。それを見て静雄は一つ溜め息を吐き、それからふと周囲を見回した。そして、軽く目を瞠る。
「ほら、返すよ。俺もう仕事だから」
 静雄は、傘を舞流の前に差し出した。遮るものが無くなって、雨がざあっと静雄の頭上に降りかかった。
「ええ? 持って行きなよ。私は大丈夫だから」
 舞流はそう言って、ぴったりと九瑠璃にくっついた。しかし、普通に傘を差していても濡れてしまうほどだ。静雄は、舞流がしたように傘を押しつけて、ぱっと手を離した。
「うわっ、とと」
 傘は一瞬の浮遊の後、落下しきる前に舞流の手の中に戻った。
「もう! いいって言ってるのにー!」
「いいよ。それお揃いだろう。俺が持ってたらまた失くしちまうかもしれねえし。それに、傘貸してくれても幽の予定は分からねえぞ」
「ちっ、バレだか……」
「惜……(残念)」
「……お前ら、もうさっさと帰れ」
 静雄は、片手を軽く払って見せた。雨のカーテンが、静雄の手の動きに合わせて不規則に途切れた。
「バイバイ静雄さん!」
「再……(また今度)」
 九瑠璃と舞流は、静雄に手を振って帰路に着いた。
 お揃いの傘をくるくる回す後ろ姿を、静雄はその場で見送った。目を開けていられないほどの豪雨だが、無理やり目を開いた。そして、ぐるりと首を回す。建物の影から双子を見ていた男が、歩いて行く二人について行こうとしていた。

 その日、大通りの街灯は二本破損した。


作品名:愛しい物語の終わり 作家名:窓子