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鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル

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ヘンゼルの心臓とグレーテルの衝動




    

 弱すぎず強すぎず適度な力でギュウッと手を握り締める。あっと言う間にグーのできあがり。
 ジャンケンにおいて、チョキの脆弱な刃などモノともせず、けれどパーには簡単に包められてしまう。それがグーだ。
 傾きかけた日が周囲を茜色に染めあげるには、まだ少しだけ時間を要する頃合いの池袋は西口公園。そこのベンチに腰掛けていた平和島静雄は、そんなグーを見ながら、ふとある事を思い出した。
 グーは心臓の大きさである。
 学生時代に聞きかじったのか、はたまた小学生の頃から馴染みのある職業・闇医者の友人から聞いたのか。どういう経緯で得た知識だったかは覚えていない。けれど、確かそうだったはずだ。
 静雄がグーをつくってすることといえば、専ら誰かや何かを殴りとばすことである。じゃあ自分は自らの心臓で相手や物を殴っているようなものなのかと奇妙なことを考えて、何ともいえない気持ち悪さを感じたのことがあったので覚えていたのだ。
グーは心臓の大きさ。だとすると、静雄の隣に腰掛けてグーを突き出す子どものそれは、
(ちっせぇ・・・・・・)
 もし今、静雄が子どもに突き出しているパーで子どもの出しているグーを包めば、まるっと収まってしまうだろう。
 静雄に心臓とグーの関連性を語ったかもしれない男、岸谷新羅のところで季節外れの鍋をして以来、姿を見かければ挨拶や短いながらも世間話をするようになった竜ヶ峰帝人という子ども。
 静雄は彼を自分よりも小さな生き物だと認識している。とはいえ、静雄からすれば世の中には静雄よりも小さくて脆いものは山程あり、帝人はそんな弱いものの一つにしかすぎなかったから、認識こそあったものの実感はあまりなかった。
 静雄は小さなグーを辿って、随分昔に静雄も身に纏っていた制服の上からでも分かる腕の細さや肉付きの悪さを見て、肩や首筋を見た。見れば見るほど小さい。
(ちゃんと食ってんのか?)
 視線をグーに戻す。帝人の心臓の大きさ、命の大きさは、静雄が思っていた以上に小さかった。
 けれど、子どもの手から抜け出し切れていないそれは、自分の無骨な手よりもずっと温かくて柔らかそうだ。
(触りてぇ)
 衝動的に思った。触りたい。手に、心臓に、帝人の体を構成するパーツのあらゆるところに。
(触って、それで――――)
 それで、自分はどうしたいのだろう?
 静雄は、どうしようもなく湧き出る欲求に困惑した。しかし、触りたいという思いが消えることはない。むしろ、それは酷くなる一方で、触るという幾分やわらかなニュアンスのものよりはむしろ、暴くといった獣じみた欲求の方に近くなっている。
(壊しちまいそうだな)
 目の前のグーは、静雄が触れる――あるいは暴くには些か小さく弱そうだった。もし、静雄が今、衝動のままに帝人の手を取れば、その手は、その心臓は容易に――――
「あー、僕の負けですね」
帝人に突き出したままのパーで無意識にその小さなグーを握ろうとした瞬間、まだ僅かに子どもの名残がある声音が耳に入ってきて、静雄はハッとなった。伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
「お、おう・・・・・・」
 帝人がグーで静雄がパー。ジャンケンは確かに帝人の負けだ。
 曖昧な頷きを返す静雄を気にとめた風もない帝人は「はい」と微笑むと、2人が座るベンチの上、その間に置かれたコンビニ袋の上にちょこんと置かれたものを指さした。丸い狐色のそれは2つに割られていて、中からホイップクリームと粒アンが覗いている。
「じゃあ、僕がこっちですね」
 そう言って、帝人が2つに分けられた方の小さい方を手に取ろうとした。
「――あ、いや、竜ヶ峰!」
「はい?」
突磋に大声を出して帝人を呼んだ静雄に驚いたのか、くりくりと大きな目を一層大きくしながら静雄を見上げた帝人は小首を傾げて「どうかしましたか?」と訊ねてきた。
呼んだはいいが、何と言ったものか。
 静雄は、あー、とか、そのー、と歯切れの悪い言葉を口にしながら、おもむろに2つに分けられたホイップクリーム入りあんぱんの両方を帝人の方に差し出す。
「やる」
「はい、ありがとうございます」
 笑顔で頷いた帝人は、先程そうしようとした通りに小さい方のあんぱんを取った。
「ちがう、両方だ」
「え? で、でも・・・・・・」
 静雄が大きい方のあんぱんも差し出してきたのを見た帝人が、訝しそうに眉を寄せた。それはそうだろう、先程のジャンケンは、どちらが大きい方のあんぱんを食べるかを賭た勝負だったのだから。
 それでも静雄は、
「食え」
 あんぱんを帝人に差し出す姿勢を崩そうとはしなかった。
「でも、静雄さんがジャンケンに勝ったんですよ。それに、そもそもこのあんぱんは静雄さんが食べるために買ったものなんですから、静雄さんが食べてください」
 遠慮がちに声を震わせながら、しかし意志のこもった言葉と目が静雄を射る。
 そう、元々あんぱんは静雄のものなのだ。
 静雄が仕事の休憩中食べようと思って購入し、いざ食べるかというところで、偶然通りがかった帝人が「静雄さん、こんにちは」と声をかけてきた。
 袋は既に開けてしまっていたし、かといって一人で食べるのもなんだから、と静雄が半分こを持ちかけたのだ。
 恐縮して断る帝人をいなして、言い出しっぺの静雄が半分に分けることになったまでは良い。ところが、不用意に力を入れて潰さないように慎重になった結果、あんぱんがペチャンコになることはなかったが、割合で言えば7:3、随分と格差の大きい分け方になってしまったのだ。
 そこからまた一悶着あった。貰う立場だから、と言う帝人と、分けた責任があるから、と言う静雄の間で、どちらが小さい方を食べるか揉めたのだ。
 結局、ジャンケンで勝った方が大きいあんぱんを食べるという話に何とかもっていき、取りあえず、めでたしめでたし。だというのにそれを再び蒸し返しては埒があかない。
 静雄もそんなことはもちろんわかっている。かといって、帝人に食べさせることは静雄の中で既に決定事項だった。