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貴方と君と、ときどきうさぎ

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うさぎがやってきた





夕方、それは家にやってきた。



「やっほーイザ兄!」
仕事に没頭していた集中力は妹の声で掻き消される。
「九瑠璃、舞流、事務所には来るなと何度言えばわかるんだ」
「だって急に雨降ってきちゃったし」
「……冷……」
後ろの窓へ目を見遣れば、色とりどりの傘が溢れている。遠くでは雷が光った。
俺は突然の妹達の来訪に溜め息を付いた。今はこいつらに構っている場合じゃ
ないんだがな…
けれど妹、舞流の腕の中にいる白い物体に注目した。
「何このうさぎ」
「すぐそこで拾ったの」
「……雨……濡れてた……」
真っ白なうさぎは瞳を瞑り、小刻みに震えていた。
「ねえねえタオル貸してよどこにあるの?」
「ああ勝手に出歩かないでくれ。ちょっと待ってろ」
タオルを持ってきて渡すと、妹達はうさぎを一番に拭いてあげては乾いている
もう一枚のタオルで包んでやっていた。
「よしよしもう寒くないよ」
「……震(まだ、震えてる)」
「寒いのかな?私達が怖いのかな」
「そのタオル持ったままでいいからさっさと帰れ。俺は今すごく忙しいんだ」
右手でしっしと追い払う動作をすると妹達はお互いに顔を見合わせる。
「はい」
「は?」
俺の顔を見てにこっと舞流は笑うとうさぎを差し出した。
「だって家じゃ飼えないもん。だからイザ兄飼い主見つかるまで預かっててよ」
「無理」
「…可哀相……」
「あのな、忙しいって言ったよな今。大体俺が動物なんて飼えるわけないだろ。
それにここはペット禁止」
「えー!この子イザ兄のマンションの前に居たんだよ」
「だったら管理人に言ってくれ」
付き合っていられない。早く情報集めを再開させるためにもさっさと
追い帰さなければと、思った時だ。
舞流の腕の中に収まっていたうさぎが俺の胸へ目掛けてジャンプしたのだ。
「わ!」
「おっと」
俺は咄嗟にうさぎを抱きとめた。うさぎは真直ぐな瞳で俺を見つめている。
小さく揺れているその瞳はくすみなどない綺麗な青い瞳でなんとも珍しい。
うさぎは前足でぐいぐいと服を引っ張ってきた。
「おいこら、服を引っ張るな!」
「ほらほらイザ兄の事気に入ったんだよこの子」
「……(コクコク)」
「知るか」
うさぎを身体から引き剥がそうとするがどういう訳か離れようとしない。
首根っこを掴み力を入れて引き剥がして舞流に押し付けようとしたが
頑なに嫌がり、「キューキュー」と鳴いた。
なかなか鳴きやまないので仕方なく抱き抱えた途端大人しくなった。
「うわ、本当にこの子イザ兄の事気に入っちゃったんだ!」
「……驚……」
「勘弁してくれ…それよりお前達何しに来た」
「ちょっとこっちで買い物してたら急に雨降ってきちゃってさ〜」
そういえばビニールに包まれた紙袋をいくつか手に持っていたな。
「帰れ」
「ついでに幽平さんの情報とか何かないかなーって!」
「そっちが本命だろ。お前達が喜ぶような情報は俺の所にはないよ。
ほら、さっさと帰ってくれ。本当に今は忙しいんだ」
「……舞流…邪魔しちゃ、だめだよ……」
「そうだね、面白いものも見れたしそろそろ私達もう帰ろうか。行こうクル姉!」
「ちょっと待て待て!これをどうにかしろ」
もう一度うさぎを強引に引き離して舞流に押し付けるもうさぎは嫌がり
酷く腕の中で暴れた。
「あ!ちょっと!暴れないで!イザ兄!ほら、イザ兄が良いんだよ!」
舞流はうさぎを床に降ろしてやると一目散に俺の足元に来て擦り寄り、
俺の後ろに隠れてしまった。
「なんなんだよこいつ」
「「一目惚れ?」」
妹達はまるで鏡を見ているように首を傾げる。
「人間に愛されるならともかくうさぎなんて圏外だ」
うさぎはつぶらな瞳を潤ませて一度俺を見上げる。なんだその顔は。
耳は後ろに垂れてまるでしゅん、と言う言葉が当てはまるようだ。
「あー!イザ兄がひどい事言うから!」
「落胆…」
「まさか。偶然だろ」
「うさぎは頭が良いんだよ」
「そんな事は知っている」
こいつが落ち込もうがそんなの知るか。
「はー…そうだよね、そもそもイザ兄に任せようとした私達が間違っていたわ…
ほら、こっちおいで。あれ、おーいうさちゃんこっちこっち……えーなんで逃げ
ちゃうのかなあ」
「……イザ兄と、一緒にいたいんじゃ……?」
「やっぱり?この子本当にイザ兄の事好きみたいだし、ここは任せるしかないよね!」
切り替え早!
「……別(またね、イザ兄)」
「何勝手に納得してるんだ」
「大丈夫大丈夫ちょーっと預かっててくれればいいんだからさ」
口を動かしながら妹達はもう玄関まで行き靴を履こうとしているじゃないか。
呼びとめようとするが逃げるように妹達はマンションを出て行ってしまい部屋には
うさぎと共に残された。
「…………」
とりあえずどうすればいいんだこれ。もっと活発に動き回るかと思ったが
こいつは大人しいようだ。俺の側を離れる気はないらしい。仕事デスクへ
足を向けて歩けばうさぎも一歩二歩と付いてくる。足を止めるとうさぎも止めた。
「ついてくるなよ、その辺で大人しくしてろ」
デスクの前まで来て目線を下げれば足元にはうさぎがいる。
…まあいいか、今は他に優先させる事がある。
俺は小さく溜め息を付くと椅子に座りパソコンに目を向けた。
うさぎは足元でズボンの裾をぐいぐいと引っ張り始めたが無視だ無視。
携帯に着信履歴はない。いつものチャットルームにも誰もいない。
ここ二日間の池袋で起きた出来事、主に裏稼業メインに情報を整理していたが足元が
くすぐったいわ、痛いわで仕方なくその原因の要素であるうさぎを抱き上げて膝の上に
乗せた。
「─……にしてもこいつどうするかな、…売り飛ばすか。あいつらには飼い主が
見つかったとか適当に言っといて青い目なんて珍しいし高く売れるかも」
するとうさぎは長い耳をピンと立ててこちらを見つめるやいなやデスクの上に
飛び移りキーボード付近まで顔を近づけるとがぶりと小指を噛んだ。
「いたっいたたた!!!」
痛い。かなり痛い。幸い血は出ていなかった。
「身の危険を察知したからっていきなり噛むなよ」
まるで俺の言葉を理解したみたいだ。
「ブーブー!」
「なんだよ怒ってるって言いたいわけ?けど俺は今はお前に構ってる暇はないの。
帝人君の事で忙しいんだ俺は」
そう、帝人君だ。帝人君が行方不明になって二日が過ぎた。行方不明と決めつけるのは
まだ早いかもしれないが二日前から連絡が取れない。何度携帯に電話を掛けてみても
留守電に切替りメールの返信もない。体調不良で休んでいるならともかく真面目な
あの子が学校を二日も無断欠席するとは考えにくい。今日アパートへ尋ねに行っても
鍵は掛ったままだった。合鍵を使って中に入ったが住人の姿はどこにもなく小さな
テーブルの上に飲みかけのお茶が入ったカップを残したまま。
何か事件に巻き込まれたのか、あの子なら自分から首を突っ込んでしまうタイプだから
余計に危うい。けれどこの二日間池袋は俺が知る限り平和なものだ。闇取引、人身売買、麻薬密輸、その手の物が動いた形跡もない。
「会いたいよ、帝人君」
どこにいるの?たった二日君に会えないだけで、こんなにも君を求めている。
今すぐこの腕で抱しめてやりたい。