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これでおしまい

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08: い い 子 に し て い て 、




真っ白な部屋には、もう、必要最低限な物しか置かれていない。
だけど、きっと。それすらももういらなくなる。
そう感じながら、ジェイドは部屋のフローリングを踏みしめた。
床の冷たさは、いっそ彼の憎しみであればいいと、思った。




「ジェイド」

穏やかな、弱弱しい声。
同じような光景を一年前にも見たけれど、あの時から変わってないものなど、何もない。ジェイドはゆるりと顔をベットに臥せっているガイに向け、静かに返答する。
そうだ。取り残されたのは、自分だけだ、と自嘲の笑みを薄く浮かべながら。
「最後までジェイドの気配はわかったよ」
「おや、それはそれは」
閉じられたままのガイの眼。口元には笑みが浮かんでおり、穏やかではある。それでも繰り返す呼吸はひとつひとつが浅く、苦しそうに咳き込む。
今日、眠りから覚めたのが奇跡的だと、ジェイドには思えたのだ。もうきっと、目は覚めないだろうと思っていた矢先のことだったから。
「みんなは?」
「下がらせました。まだ、話したい事でもありましたか?」
「……。いや」
薄く開いたあおい眼は、すぐに閉じられた。きっともう目を開いてることすら出来ないのだろう。弱く繰り返される呼吸が続くのも、喋ることも。手を伸ばすことも。すべて。
ひゅ、とガイの喉が鳴るたび、ジェイドはひとつ瞬きをした。自分の罪を、愚かさを眼のあたりにされている気がしたのだ。
あの日、子どもに世界のすべてを背負わせた日が、鮮明に脳裏に浮かんでは霞む。
白い色に支配された部屋は、もうじき訪れる夕闇とローレライデーカンの月の寒さのため、昼間は開け放されていた窓は締め切っていた。屋敷の異様な静けさと、遠い街の喧騒は別世界のようだった。
ジェイドは奇妙な風景を思い出しながら、ただガイを見つめる。すると彼の口が、ゆっくりと開き、ジェイド、と穏やかに呼んだ。彼がこんなのになってからというもの、こんなに穏やかに何度も呼ばれるのは初めてかもしれないと、苦くジェイドは笑う。
「なんですか」
「すまない」
柔らかな謝罪。
そんな穏やかな顔をして言われても、まったく謝罪には聞こえなかったけれど、ジェイドには充分だった。むしろ、謝罪をしなければいけないのは自分の方ではないのか。ジェイドはゆるく頭を振った。
「ガイ。謝らなければいけないのは、」
「いいんだ。最後に役に立てるんなら、いいんだ。……っていうのは、建前なんだけどな。でも、いいんだ。感謝してるんだ、あんたには」
ルークが生まれたことにですか、とジェイドには訊けなかった。
重く開いた口は、音も出さずに閉じられて、ただ押し隠した溜息だけが出た。それとも、と思考した先を無理矢理消し去った。どちらにしろ、罪や愚かさは消し去れない。
そうして、自分は生きていくのだから。


ガイは長い長い咳を繰り返した後、深呼吸をしたが、もうそれもうまく出来ないようだった。浅い息が耳につくたびに、ジェイドは喉の奥が焼けるように痛んだ。
それが何なのか、分からない。それでもその痛みを振り切るように、ジェイドはガイの眼の上に、ただ手を添えた。なにがしたかったのかはやっぱり分からなかった。それでもそうするしかなかった。
彼の眼は、もう見えないというのに。
「すみません」
「謝るなよ」
「……すみません」
次第にゆっくりになっていく彼の呼吸に、ジェイドはもう一度、すみません、と声にした。それにガイは息も絶え絶えに、苦笑した。いいよ、いいんだ。ありがとう、ジェイド。
ほとんどが息だけの、なんとか聞き取れた声に、ジェイドはどうしようもなくなり、添えている手を少し強く押し付けた。
「もう、寝なさい」
抑えた感情と一緒に出た言葉は、思いのほか静かに部屋に響いた。
ガイは小さく頷く。最後に、おやすみ、と息だけの音を紡いでから、眠るように身体の力を抜いた。

力をなくした身体が、深く深くベットに沈み、ジェイドはそれを確認してから、僅かな数しか行われない呼吸を確かめるために、両目を覆っていた手を口と鼻へと移動させる。
本当に、眠っただけだった。それでももうきっと目を覚ますことはないのだろう。
弱っている脈はまるでいつかの子どもと同じだった。このままこれは、やがて鼓動を刻まなくなっていくのだろう。ジェイドはやりきれない苦笑を浮かべた。


夕闇を迎えた窓は、消え逝く子どもに背を向けたあの日の夕暮れと同じような色している。
それをぼんやり見てから自嘲を口元に浮かべ、ベッドの側にある椅子に力なく腰を下ろした。
「本当に馬鹿ですね。私も、あなたも」

世界のため、なんて。
都合のいい建前だけを、言いながら。




そうして、彼の世界は、ゆっくりと

閉じた。



作品名:これでおしまい 作家名:水乃