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物体もじ。
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幻水短編詰め合わせ(主に坊さま)

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alvente (坊さまとルック)



 ざあざあと降り続く雨の音が、耳につく。


 開放的な窓や扉から、遠慮もなしに浸入してくる湿気が、足音を吸い取ってしまうようだと思う。

 常、音を立てないように歩く癖が付いているとは言え、それでも、気を張っているわけでもない今、多少の物音は立ってもいいようなものなのに。


 静寂のみを供に連れて歩く自分が、まるで幽鬼のようだと、ルイシャンは笑う。

 鼓膜に張り付いたかのような雨の音が、ひどく遠く、けれど離れることなく、耳の中を覆っていた。


 灯された灯火に照らされることを無意識にも避けたものか、各所に立っているはずの見張りに見咎められることもなく、ルイシャンはひどく暗い階段を降りていた。

 驚くほどに律動的なくせに、どうしようもなく、重さを感じさせない動きで歩を進めるたび、首筋をくすぐる黒髪と、ゆるりと手に握った若草色の布とが、ふわりふわりと揺れる。


 とん、とん、とん、と。


 響かない足音の代わりにとでも言うように、口の中だけで、歩調に合わせてちいさく呟きながら、冷えた階段と、この時間になっては誰もいない地下のホールを抜けて、ルイシャンは、船着場に立った。


 漁師の二人と押しかけ女房が一人住んでいる小さな小屋を横目に、湖を通る、湿気と冷気を存分に含んだ風に、身を晒す。

 朝から降っていた雨は疾うに止んだとは言え、濡れた匂いは、まだ、この場を支配しているようであった。


 ひらりひらりと、揺れる若草色の布が、風に弄られる。

 右の手にそれを握ったままで、ルイシャンは顔を上げ、額を覆う髪を、同じ風が吹き散らすに任せた。



「いい夜だな、ルック」



 誰にともなく、というふうで呟けば、しばしの時を置いて、背後に結する、慣れた気配。



「きみは、馬鹿なの」



 ふわり、とやわらかく乾いた空気がそこを包んだのも束の間、湖を通る風にそれを吹き流されるよりも早く、小馬鹿にしたような口調に反した、無感動としか言いようのない声が、届く。



「心外だな」

「莫迦だよ」



 船着場の縁に立ち、一歩どころか、足をほんの少しずらすだけで黒い水底へと落ちることが出来るだろうルイシャンは振り返りもせず、ルックも、それをよしとした。



「何してるの、こんな時間に」



 ふわりと、額を撫でる風。

 同じ風が、ルックの髪も、乱していく。



「これをな、流そうかと思ったんだが」



 若草色の合間から、勿忘草の二藍が覗く、この城の誰もが見慣れた布。

 風にひらりと舞うそれを、今にも風に任せそうに危うく握りながら、ルイシャンはため息をついて前髪をかき遣った。



「この風向きじゃ、放っても戻ってくる。どうしようかと思っていたところだ」

「まさか、僕に風向きを変えろなんてふざけたことを言うつもりはないよね」

「やってくれるのなら頼んだかもな」

「面倒」

「言うと思った」



 ひらりと、バンダナが踊る。



「なあ、ルック」



 ゆっくりと、ルイシャンは振り返る。

 そこに、驚くくらいに近くに居るルックを、当然のような目で見て、その髪に指を伸ばす。



「これはな、貰い物なんだよ」

 

 するりと、湿気と冷気を含んで逃げ出そうとする髪に指を絡めて、面白くもなさそうな顔で、呟く。



「手入れの行き届いた髪って言うのは、上流階級の証だからな。そんなもんひらひらさせて、裏通りを歩くわけにはいかねえって。あいつが寄越した」



 鮮やかな色の中に、おとなしやかな黒髪を、隠すために。



「だが、もう必要ない。だから」



 湖に、吹き流してしまおうかと、思ったと。

 艶やかな、金茶色の髪を弄りながら、こぼす。


 はらはらと、乱れて額にかかる黒髪を見るともなしに眺めるふうで、それでも星見の弟子は何も言わなかった。

 ただ、一度だけくるりと瞬いて、琥珀の色に沈む軍主の瞳を、見上げた。



「そうでもないよ」



 危うく指先に引っかかっているだけの鮮やかな布を無造作に掴み、互いの顔の間、見逃すことをゆるさない場所に、突き出す。



「すでにこれは、きみという記号を為す一辺。定義の中のわずか一行」



 それでも、すでに不可分なのだということを言外に告げて、星見の弟子は選択を迫った。

 見ないふりを引き剥がし、否も応もなく自覚していることを自覚させ、なおも捨てようとするのかと、岐路を示す。


 それは救いか、強迫か。

 解らなかったけれども、ルイシャンは、諦めたように笑った。笑って、突き出された布に、指を触れた。



「……まだ、必要か」

「おそらくはね」

「どうしようも、ないな」

「それを選ぶのも」

「解っている。それは、な」



 握った布を慣れた仕草で頭に結ぼうとして、ふと、思いついたように動きを止める。



「お前も、これを必要と思うか」



 さらりと揺れる不思議な色合いの髪の向こうで、白い顔が間髪も入れずに言葉を返した。



「僕には、関係ないよ」



 想像通りの答えに苦笑を浮かべ、今度こそ布を結んで軍主は大きく伸びをする。

 光る双玉は常と変わらぬ色を宿し、勝気に前髪をかき上げて、白く靄のかかり始めた湖面へ視線を流した。



 水の気配と、吸い込まれる気配。寄せる波の音が、あの日から離れない音を呼び覚ます。


 ざあざあと、降り続く音を、双色の布が、逃がさずに閉じ込める。



 それでも、ルイシャンは、それを選んだ。



「仕方ない、か」 



 最初は、その存在を隠すために。

 けれど今は、その存在を鮮やかに、誰しもに見せ付けるために。


 若草と勿忘草の二藍は、ひらりと揺れているのだから。