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みっふー♪
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ヅラ子とベス子のSM(すこし・ミステリー)劇場

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「――マ夕゛オさんっ! マ夕゛オさんっ!!」
朝餉の時間も疾うに過ぎた午前中、惨劇の第一発見者だという少年はもの言わぬ肢体に縋って取り乱していた。
『……触らないで、ハイちょっと下がって下がって』
着ぐるみの白オバケが吹き出し代わりのプラカードとチョークを持ち、二人の間に割って入った。
「……」
肩を押されてよろよろと後ずさった少年は、気が抜けたように地べたに腰を着いた。
『ううーむこれはっ』
着ぐるみは眉間にガン皺を寄せ、非常用出口の標識の図案をまんま地面に伏せたみたいなガイシャのラインに沿ってチョークを引こうとした。が、地面が苔で湿っているのでうまくいかない。仕方がないのでメタボ気味の寸胴に巻いたベルトに下げた白いビニテでぐるっとまわりを囲んだ。
『できたよっ』
着ぐるみがフゥと額の汗を拭ってプラカードを掲げた。
「ごくろうだったな、エリー、」
焦茶の鳥打帽に縞羅紗のインバネスを羽織った黒髪ロンゲ探偵が、植え込みの前に仁王立ちの腕組み姿で重々しく口を開いた。これでこの渋い外套の下に着込んでいるのが大胆なスリット入りの総刺繍あしらいコンシャススタイルチャイナドレスであるなどとは誰も気が付くまい、……そのわりに足元の11センチヒールとつけまとチークとラメ入りシャドーはビシバシなので違和感がハンパなかったが。
「……誰だい、あんなおかしな連中呼んだのは」
留袖に煙管をふかして、ドスの利いたダミ声にメイド頭のまだむが言った。
「呼んでネーヨ、勝手に嗅ぎ付けて来たんジャネーノ、」
――現場ドロボウドモが、覚束ない片言を吐き捨てるように顔を歪めたのは、榛色のオリエンタルな顔立ちを引き立てるクレオパトラヘアに敢えて和装の女中着を合わせ、とどめに自前猫耳持ちのミステリアスキャットウーマン、と言えば聞こえは良いが、彼女の風貌が全体として醸し出すイメージはヒトが“泥棒猫!”罵る言葉に込められた負の感情の具現化そのもの、と表現しても何ら差し支えなかった。ある種究極の芸術的造形であると識者が判断するところに挟むべき異論は持ち合わせない。
「……私も事件発覚後しかるべきところに通報しようとしたのですが回線がオフモードになっておりましたので実行できませんでした」
猫ドロボウ女中に満載のアナログ感に対し、こちらはドみどりおさげの髪色からしてフルCGのアニキャラを思わせるもう一人のメイドが、淡々と事務連絡口調に発声した。
「……あー、そーかい、」
煙管を手にまだむが苦笑した。――アンタもねェ、いくらエコノミー普及型だからってそゆトコもちっと融通利くよーにならないもんかね、紫煙を吐いてまだむがぼやいたのに、
「大変申し訳ございませんが、ゆーざーぷろぐらむで規定されている以外の行動はすべて重大なバグの誘因となりかねませんので」
レース使いのミニ丈着物にニーソックスの膝を揃え、フリルのヘッドセット揺らしてシステマチックに頭は下げてみせたものの、感情のこもらない平坦な声にCGメイドが言った。
「……。」
――アタシが悪かったよ、まだむは疲れたように手を振った。
「……ではっ、改めてお三方に昨夜のアリバイ確認させて頂きますねっ」
ピンヒールでつかつか近寄ってきた女装子探偵が折り畳み半紙と筆を手に言った。携帯灰皿にまだむがトンと煙管を叩いた。
「さっきも言った通り、アタシらは昼間はここでメイド、夜はスナックで雇われマダムと従業員やってんだ。何なら馴染みの客に確認取ってもらったって構やしないよ、」
まだむの後ろでメイド二人が大きく頷く。眉を顰めて猫ドロボウが言った。
「……言っちゃナンだけど、ホシが屋敷の人間だとして、いちばんアリエルのはあのメガネぼんしかイネーヨ、」
――しかも第一発見者ナンダロ、着ぐるみの傍らでへたり込んでいる少年に、やや憚るようにではあるがちらと目をやる。
「しっ、滅多なこと言うもんじゃないよ、」
まだむが諌めた。
「ですが、私のデータ上でも極めて高い統計試算が示されております」
CGメイドが淡々と述べた。
「……やれやれ、アタシゃ信じたくないけどねェ、」
まだむがため息を漏らした。手元の半紙メモから顔を上げて女装子探偵が言った。
「あれっ? そう言えばもう一人、すなつくのオーナーかつあの少年の姉上は……」
探偵が訊ねかけたところに、
「先生、どうぞこちらです」
結い上げた黒髪に明るい花柄の着物をまとった若い娘が庭先に現れた。娘に促されて、色の薄い長髪に白い羽織の柔らかな物腰の学者風と、彼に続いてぬぼーっと天パに目付きの悪い男の二人連れが入ってきた。
「先生!」
女装子探偵が声をかけた。
「……木圭くん、」
探偵の姿を見て、娘にも先生と呼ばれていた彼が驚いたように言った。
「……」
もう一人の襟立てインナージャケッツの上にだらっと横着な着流し天パは、相変わらずかったるそーに頭を掻いて先生の後ろに突っ立っていた。
「あら先生お知り合いですか?」
にこにこと愛想よく笑って娘が言った。しかし、――何なのこのヒト勝手に人ん家入り込んでっ! 女装子探偵に向ける視線は冷たかった。無論、デムパ道を独走にぶっちぎる孤高の探偵はこんな程度でメゲはしない。
「……。」
満面自信の笑みを返す女装子探偵から構っちゃいられないとばかりに目を逸らし、
「シンちゃーん、シンちゃん?」
口元に手を添えて姉娘が弟の名を呼んだ。朝方出かけて戻ってくるまでの間に、ここで何が起こったかまだ知らないのだ。
「……――姉上、」
植え込みの向こうの池のほとりに弟が立ち上がった。
「シンちゃ……」
――そんなところにいたのね、植え込みの小道を周り、駆け寄ろうとした姉は立ち尽くす弟の足元に目をやり、息を飲んだ。
「シンちゃん、あなたまさか……!」
くらぁっと立ち眩みを起こしかけた姉の身体を、――しゅた! 立木の陰から白毛の巨体を飛び出したもふもふワン公が素早く支えた。
「……、」
拳を握り締め、俯いて小刻みに震えていた少年が顔を上げて叫んだ。
「違う! 僕はやってない!! マ夕゛オさんがヨリを戻して前の奥さんのところに帰ろうとしてたからって、自分のものにならないならいっそ……! なんてヤケは起こしてないっ!!」
「……――、」
場にいた誰もが、少年の爆発させた感情に胸を押されるように言葉を失った。
「……まー、一気にしゃべっちゃったわねー」
詰めていた息を漏らして、女装子探偵がぼそりと言った。
『逆にあやしくないカンジが逆にあやしい』
着ぐるみがプラカードを持つ手にぐっと力を込めた。緊張と静寂の空気が、みるみる場を覆い尽くしていく。
「……。」
そしてもう一人、そんな彼らの様子を、チャイナシューズに踏み締めた屋敷の屋根の上からすこんぶ片手に無言で眺める、おだんご頭の少女の姿があった。


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