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BSRで小倉百人一首歌物語

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第75首 契りおきし(三成と政宗。蛇注意)



 初めにその夢を見たのは、麗らかな春が去り、夏の気配が漂い始めた頃だった。前年には家康を討ち、ついでに秀吉様を侮辱した口さがない男を倒していた。
 秀吉様のご遺志を継ぐと言った言葉は嘘ではない。今も私の生きる支えだ。だが、その誓いを口にした時に比して、不安が私の心を占めるようになっていた。国内の平定が、なかなか思うように進まなかったからかもしれない。私では力不足なのか。そんな時に見た夢だったから、強く印象に残ってしまったのかもしれない。
 最初は、何ということもない夢だった。足元に、ちょろちょろと一匹の蛇が這っているだけの夢。蛇の夢は吉夢という俗信を信じたわけではなかったが、特に気にかけることもなく幾夜かが過ぎた。 
 次に現れた時には、蛇は足首に絡み付いてきた。蛇が足を這うくらいどうということもないはずなのだが、身動きが取れないことだけが不気味だった。
 それからは、蛇は現れる度に少しずつ、私の体を這い上がるように移動した。その間私は石化されたように一切の動きが封じられた。ともすれば、呼吸さえできないのではないかと思われるほどに。徐々に接近する蛇の顔を見れば、片方の目が潰れている。蛇のぬめる感触は妙に生々しく、時折これは現なのではないかと錯覚を起こした。
 だんだんと恐ろしくなってきた。だが、そうは言っても所詮夢の話。誰にも相談することのできないまま夏の盛りを過ぎ、季節は秋を迎えようとしていた。
 その夜は、秋が近くなった頃だというのに妙に蒸し暑かった。前夜にはとうとう件の蛇が首元まで這い上がってきていたので、情けなくも私は眠るのが恐ろしかった。所詮は夢の話だと言い聞かせることも、もうとっくに意味を成さなくなっていた。それでも、連日の政務の疲れもあり、床に就くとすぐに眠り込んでしまった。
 そうしてまた夢を見る。しかし、今宵の夢はいつもとは違っていた。いつもならば蛇が這い上がる間、私は動きを奪われ棒立ちになっているだけだ。だが、此度はどうしたことか、眠った時と同じ格好で仰向けに横になっている。
 それだけではない。蛇が、いない。代わりに現れたのは、白装束姿の男だった。蛇と同じく片目の潰れた男は、仰向けになった私に馬乗りになって、生気のない顔で私を見下ろしている。どこかで見たことのある顔だが、思い出すことはできなかった。
 怪訝に思っていると、男の白い両の手が、私の首へと伸びてきた。そしてそのまま手を掛けたかと思うと、ぎりぎりと首を絞め始める。男は表情一つ変えていないというのに、絞めあげる力は異様なほどに強い。首が折れないのがいっそ不思議なほどだ。払い除けることもできず、私は顔を歪めて男を睨みつける。
 意識が朦朧とする。苦しい。夢の中だというのに、可笑しなことだ。
 「生きたいか」
 唐突に、男が声をかける。今まさに私を殺めようとしている者がかける言葉がこれとは、妙な話だ。男は相変わらず色のない顔ではあったが、その瞳だけは蒼く輝いていた。その瞳は、試すように私を眺めている。縦に切れた瞳孔は、まさに蛇そのものだ。
 「…生き、たい」
 呻くように、それだけ告げる。こんなことで絶命するわけにはいかない。私には秀吉様のご遺志を継ぐという使命があるのだ。あの日以来、そのことをこれほどまでに強く思ったのは初めてだった。生きたい。それは、心の底から沸き上がる私の願望だった。
 動かないことは承知で、私は男を払い除けようと足掻く。するとどうしたことか、今までぴくりとも動かなかった腕が、自由を取り戻した。直ぐ様男の腕を片手で掴んで引き剥がす。そのまま素早く起き上がって、男の胸を突いて体勢を逆転させる。その間男は一切抵抗を見せず、大人しく組み伏せられた。
 「大人しく去ね。私の命は何者にも奪わせはしない!」
 威圧するように叫べば、今まで無表情だった男の顔が、微かに笑みの形に歪められた。
 「そうだ、それでいい」
 それだけ言うと、男はふっと跡形もなく消えてしまった。
 そこで目が覚めた。まだ夜が明ける気配はない。首元に手を持っていく。そこに残るあの男の手の感触は、やはり夢のものとは思えなかった。
 あの夢を見ることは、もう二度とないだろう。あの男が何者だったのかということは、今となってはもはやどうでもよかった。大切なことを思い出させてくれた、その一点に感謝すらする思いだ。
 ひどい寝汗をかいていることに気付いて、のろのろと起き上がって部屋の戸を開ける。吹き抜ける風が、汗ばんだ肌に心地好い。空に輝く月は、もうすぐ満月を迎えようとしている。
 何を不安に思っていたというのか。私には、この命を賭けて果たすべき使命がある。例え月日がどれだけ流れようとも、必ず。
 しばし月を眺めてから、再び床に就くとしよう。明日からは、今以上に忙しくなるのだから。
 
 
 契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり

作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟