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toccata

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聖川の場合(1)


仕事がある事は悪い事ではない。
分かっているが、「遅れる」と言う事に対して、些か罪悪感と残念だと思う事が心を占める。
今日は何となく、彼女に逢える気がしていたからだ。

今日は仕事後、事務所に行かなくてはいけない。
社長から直々の呼び出しだ。
午前中の取材の仕事だったから、間に合うかと思ったが…

(間に合わなかった…)

女性のインタビュアーが終わってからずっと話しかけてきて逃げられなかったのだ。
無碍には断れない。
相手をしているとどんどんプライベートの事まで聴いてくる。
しかも、「家」の事だ。
どこまでも、「家」がからみついてくる。
少しでも構わない。
自分として生きてみたいのに、それを周囲が許さない。
絶望の中に全てが陥らないのは、彼女の音楽があるからかも知れない。
偶然出逢ったあの頃。
全く想像していなかった再会。
まだ自分として生きる事が出来る可能性を感じさせてくれる、そんな希望。

しつこいインタビュアーに業を煮やしたのか、現場まで一緒に来てくれたマネージャーの一声が助け船になった。

「真斗、後ろが詰まってる、急ぐぞ」
「はい」

インタビュアーに御礼と共に一例をして、その場を足早に出た。
早歩きで移動しながら、マネージャーが事務所に連絡を入れている。
----申し訳ありません、仕事が長引きまして。はい、多分十五分から二十分くらいかと、はい。
自分の落ち度なのに、マネージャーに謝罪させている。

「すみません」

車中でマネージャーに謝る。
何故?という問いに、自分の非力さと要領の悪さを痛感していると答えた。

「お前は真面目すぎるんだよ」

笑いながらマネージャーは運転をする。
急いでいても安全運転がモットー、が彼である。
自分以外にも今年はいる新人を一気に抱えて大変そうだ。
流石にその点に関しては聞いた事がないが、自分の想像からははるかに超えた大変さがある…気がしている。


約束の時間より遅れて約十五分。

「遅れて、申し訳ございません!」

走って部屋に飛び込んだ。
だが謝罪の時は深く頭を下げる事は忘れなかった。
だが、ノックをし忘れた。
頭からすっかり抜けていたのだ。

理由は分かっている。
何故か、心が躍っていたのだ。
呼び出されている人間の名前を聴いていた時に、彼女の名前があった。
それが、心臓を高ぶらせ、何度も何度も彼女の名前を刻む。

「おお〜マサ〜。仕事お疲れ様〜」

学園時代、同クラスだった、一十木が声をかけてきた。

「…社長は?」

気がかりだった事を質問する。
やはり遅刻はどんな状況でもまずい。

「まだ来てませんよ、大丈夫です」
「そうか、良かった…」

一十木の隣にいた、同クラスだった四ノ宮那月がゆったりした声で答えてくれた。
それを聴いて安堵する。

周囲を見ると、聴いていた名前の人間達がそこに集まっていた。
勿論彼女も。
自然とつま先が彼女を指し、そこに俺を導く。
ふと目が合うと、彼女がほほ笑みながら挨拶をしてきた。

「聖川さん、おはようございます」
「おはよう…」

優しい風が心を吹き抜ける。
俺はこれだけで十分幸せなのだと。
言い聞かせる訳ではないが、そう感じている。

その後、何時もの社長の神出鬼没な登場と独特の節回しでとんでもない事を告げられ、思考が停止するとは思いもよなかった。

(ま、まさか…)

とんでもない課題だと思った。
曲数が、温情込みで11曲。
彼女と曲を創れるのは嬉しいが、彼女への負担があまりにも大きすぎる、と思った。

(ましてや…)

デュエットは又神宮寺とだった。
何かとこちらに喧嘩を吹っ掛けてくる神宮寺は苦手だった。
家族に縛られず、自由奔放に生きる事が出来る。
似た境遇にいるのに、「全く違う」と言う事。
せめて一つくらいは被って共有出来るものがあれば、もっと仲良くできたのだろうか。
幼い頃は何も考えずに出来ていた事が、歳を重ねると不自由な事に出来なくなって行く。

「ね、マサ、移動しようよ。これから明日からの一ヶ月についてのミーティングするからさ」

一十木の大きな瞳が俺を映していた。

そう、これから一ヶ月以内に、社長の出した課題をクリアーしなくてはならない。
彼女の重りにならないよう。
彼女に負荷が余りかからないよう。

(そして彼女との楽曲創作の時間と言う幸せな時間を無駄にしない為にも…)

その為にも全力を尽す、と心で誓った。

喫茶店でミーティングらしい。
彼女は一十木、四ノ宮、来栖、愛島と楽しそうに会話しながら街へ出かけて行く。
残りの人間達はそれぞれの歩幅とペースで後を追った。

作品名:toccata 作家名:くぼくろ