toccata
閑話・喫茶店にて
打ち合わせの議長はトキヤとなった。
「トキヤはまとめ上手だから」
という音也の意見にみんながうなずいたからだ。
本人は、深くため息をついて嫌がる姿勢を見せたが、レンが
「まとまらなかったらイッキのせいにすればいいよ」
と言った事にそうですね、と同意し議長役を受けた。
「まず、確認しましょう。
チームは、私と音也。レンと真斗。翔と那月。そして、セシル。
必要な曲は11曲。ソロ7曲、デュエット3曲、全員での楽曲1曲。
1チームは1週間ずつですね。愛島君のところで全員での楽曲…でしょうか」
春歌へトキヤは視線を送る。
「あ、はい。そうですね、そうなると思います」
「思うんじゃなくて、そうだろ、レディ」
あわてて答えた春歌に対して、苦笑しながらレンは額を指で弾いた。
それを見た翔は、「いじめだ」と騒ぎ出し、音也が「お店の中だよ」と翔を止めに入る。
「あなた方、少しはまじめに話しましょう」
トキヤの目が据わっている。
二人はその表情を見て、小さくなってごめんなさいと謝った。
そのとき、全員の携帯が鳴った。
一斉に確認する。
皆同内容のメールだった。
明日のホテルの件。
それぞれの部屋の件。
必要だと思われる持ち物。
「…この状況は、七海は大変だな…。一か月分の荷物を持ち込むのは引越しに相当する」
真斗が春歌を見て心配する。
「一ノ瀬、今簡単に確認したレベルで七海は十分ではないか?
女性は旅支度にとても時間がかかると聞いている。
早く部屋に戻して、七海には明日威光の準備をしてもらおう。
後は我々の問題だろう?順番、それくらいではないか?」
その提案を聞いた那月もうなずいていた。
レンは、「女性の旅支度に時間がかかることを良く知っていたな」と茶化していたが、真斗は無視をして、春歌に話しかけていた。
「状況については、追ってメールをする。お前は早く準備のために部屋に戻れ」
「でも、しっかり打ち合わせはしたいです」
「…だが、今日も残り少ない。お前が今出来ることは、明日からの準備を万端にすることだ」
仲間はずれにされる事を気にした春歌は真斗の提案に一瞬抵抗するが、優しい瞳と声に説得され、「順番だけ、私がいる時に決めてください」とお願いした。
「誰が一週目になりますか?」
トキヤが問う。
誰も手を上げない。
状況を見て、トキヤは言った。
「では、音也。私たちが一番になりましょう」
それを聞いて驚き、目を丸くする音也。
納得させるために、トキヤは理由を口にする。
「最初の方が、他の人たちとは被りづらくなるでしょう。
スピードが重視されている今回は、曲調が似る・テーマを先に取られる…そんな可能性を考慮すべきです」
その後はさくさくとじゃんけんで順番で決まる。
春歌はメモを取って、「お言葉に甘えて」と喫茶店を一番に出て行った。
少女の後姿を見送って、アイドル見習いの七人は顔を見合わせる。
「厄介なことになりましたね。まぁこういうことがなくては面白くありませんが」
挑戦的な言葉をトキヤが口にする。
レンが苦笑しながら、その挑発に乗って会話を続けさせていた。
「随分やる気じゃないか」
「やる気と言うよりも、これから上るプロの階段の一段目だと思えばいいでしょう」
「お前はプロを経験しているだろう?再度の一段、じゃないのか?」
「…そうですね…確かにあなた方と違って私は、一度プロの階段を上っている…。
だが、それは自分に偽り続けるプロの姿です」
「プロには変わりないだろ?りんごちゃんと一緒さ」
「…そうですね、でも、私は”歌”で勝負したいのです」
「…仕切り直しってやつ?」
「ええ、仕切りなおし…というよりも、”新たなる生”としてのやり直しです」
トキヤが演じていたHAYATOは、もう「誰かの思い出」の中。
過去の存在になっていた。
元々「望んでそうなった」訳ではなく、HAYATOはトキヤにとっては虚像でしかなった。
憧れもあった。
あんな風に「明るさ」を持って生きることは、どんなに楽だろうと。
だが自分は、HAYATOのようには生きられない。
自身を自身として表現する歌を歌いたい----。
それが叶うのだ、その状況が心底嬉しかった。
「しかし…よくよく考えたら、一番大変なのって七海だよな…」
翔が場の空気を変えてしまうようなことを口走る。
それに那月も乗ってしまった。
「…確かにそうですよね…。一番大変なのはハルちゃんです、心配です…」
重たくなる空気を嫌がったのか、真斗が酷くまっとうな事を口にした。
「だがプロになる以上、必要な試練だ。この位出来なければ、あの世界では生きていけないだろう」
「プロ、シレン…。分かりマス。デモ…ハルカはダイジョウブでしょうか?」
セシルが又思い空気へ引き戻すような事を口にし、皆が黙ってしまう。
コップの底には小さな水たまりが出来始めていた。
「幾ら私たちがここでそう言う心配をしても始まらないでしょう。
与えられた課題、仕事をこなすのがプロです。
見習いとは言え、プロの階段を昇り始めたのですからこなす必要がある。
それに…」
「それに?」
「私達は、今回の課題においては”運命共同体”ですから。
それぞれが出来る事、彼女の創る曲に最高の歌詞をつけ、最高のパフォーマンスで表現する。
それをする以外、する事はありません」
「運命共同体…」
トキヤの言葉を音也は復唱した時、彼の目がキラキラと輝きだした。
「運命共同体!恰好いい!凄く格好いい!そうだよな、俺達“運命”を共にしてるんだ!やろうぜ、皆!」
「音也、うるさいです、店に迷惑をかけないでください。
それに、全員じゃないでしょう。ペアになる人間と七海さんでしょう」
「えー?何で?今回は皆で歌う歌があるから、全員でしょ?」
はた、とトキヤは気が付く。
今回「全員での歌」があると言う事。
自分で口にしていたのに、すっかり頭から抜けていた。
動揺そして緊張している…、とトキヤは感じた。
プロとしての階段は昇った事がある。
HAYATO時代、質の違う仕事が重なる事もあった。
それを上手くやってきたつもり、だった。
こなしていたのだから「やっていた」と言っても問題はないだろう。
だが今回は、自分の本当にやりたかった事。
そして、「守りたい」人との作業である事。
時間、量、そこで求められるクオリティ。
冷静でいたつもりだったが、やはり心の中に波が立っていたのだ。
「そうと決まれば、俺は準備をするために帰る事にするよ」
レンは席を立った。
すると鋭い言葉で真斗が止めた。
「おい、神宮寺。支払いがまだだ。まさかお前、食い逃げするつもりじゃないだろうな?」
「事務所の名義で領収書を切ればいいだろ?」
「バカ者、支払わなければ領収書は出ない」
「…知ってる…」
「どうだかな」
「なに!?」
レンと真斗が、一触即発になりそうな雰囲気の所に、那月がゆったりと「事実」を告げる。
「それにー、今回は月宮先生が、打ち合わせは自腹ね、って言ってましたよ」
「そうデス。日本には、”ワンコソバ”という風習があるときいてイマス」
「…セシル、それは”割り勘”だ」