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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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ジュブナイル16



 あれだけの騒ぎにも関わらず、墓地は静かだった。
 司令官のうちの一人が追って来いと明言した以上、見張りの一人や二人いてもおかしくはない。
 だが、ここはいつもと同じように静かだった。いつものように、月光という名の銀の粒子はそこかしこに降り注ぎ、景色は無気味さと美しさの間を不安定に行き来している。
 なんら変わることのない闇があった。
「おい」
 闇が揺れ、不機嫌な声を吐き出した。
 《墓》の入り口で、ロープの具合を確かめていた汀京也は、顔を上げた。
 薄赤い焔が、声の主の場所を示していた。
 さして驚いた様子もなく、如月翡翠は一歩下がった。代わりに、立ち上がった京也が前に出る。そして、右手をひらひらと振った。
「ご無事で」
「――まぁな」
 一瞬、焔が力を増す。かと思うと、すっと位置を下げた。
「他は?」
「少なくとも、生徒会連中と黒塚は無事だ。講堂は双樹が抑えた。他は知らん」
「善哉」
 京也はちらりと如月を見た。無表情なまま、如月は小さく頷く。
「行くのか?」
「つかまえてごらんなさーい、あははははーなんて言われたら、追っかけるしかないっすね」
「わかった」
 そう言って、皆守甲太郎はしゃがみこむ。
 いつものように、《墓》へのロープに手をかけた彼を、京也は制した。
「――」
 無言で見上げる目に対し、首を横に振る。そして、いつものような、うさんくさい笑みを顔にはりつかせた。
「皆の無事を確かめてもらえます? んで、できれば守って欲しいんですけど」
 皆守の眉が寄った。
「守るっても、後ろから投石って気分で。キチガイに刃物って故事成語もありますし」
「どこが故事成語だよ」
「じゃあ、おばあちゃんの知恵袋」
 それも違うという皆守の言葉(ツッコミ)には応えず、京也は言葉を続けた。
「頭を。お帰りはあちらってカンジで説得してきます。その間、下っ端がワルイコトしないように。双樹ちゃんが出てるってことは、生徒会が動いてるんでしょーけど、たったあの人数で校舎は広すぎです」
 皆守はロープを手放した。そして、立ち上がる。
「お願いします。信頼、してますよ。でも、怪我しないでね」
 緩慢な動作で《墓》から離れる皆守に、京也は嬉しそうに頷いた。
「――別に」
 皆守は、アロマパイプを口元に運び、吸う。
 吐息とともに、甘い匂いが広がった。
「そいつは?」
 パイプの先が、如月の方を示した。
 如月は、電話中だった。彼らが話をしている間に、なにやら連絡することができたらしい。
「き……ジェイドさんです。古い知り合いというやつで」
 明らかに日本人の容姿を持つ如月を見、皆守は目を細めた。その視線に気づいているのかいないのか、如月は表情ひとつ変えず、PHSに向かって小さく相槌を打っている。
「気になります?」
 わざとらしいほどに面白そうな口調で、京也は言った。そして、皆守の顔を覗き込む。その動作によって、如月を見る皆守の視界は遮られた。
「おまえな。そう言えば俺が黙ると思っているだろ」
 吐き出された煙には、笑いと呆れが絶妙の割合でブレンドされていた。
「あははー。言いますね、皆守くん。きょーやくんぴんち?」
 京也らしい言葉に、皆守は肩をすくめる。それを見守る様子は変わらず、口調だけがほんの少し真面目になった。
「ボクのことを、とても大事にしてくれるヒトです。ご安心を」
 何が? と言って笑い、ひとつ伸びをする。そして、如月の通話が終わっているのを確認すると、小さく頷いた。
「そんじゃま、ちょっくら行ってきますんで、あとよろしく」
 曖昧に皆守は頷いた。
「……おい」
 如月が先に降りた。
 続こうとする京也の背に、皆守は呼びかけた。
 うん? と。動作を止め振り返る彼に、暫しの沈黙の後、言った。
「はやく帰って来いよ」
 京也は笑った。笑って頷き、大げさな動作で手を振った。
 降りていく彼の背を、小さな焔が見送った。


 静かに大広間に降り立ち、如月は目を細めた。
 続いて、京也が降りて、上を見上げる。皆守は校舎の方に向かったのだろうか? 少なくとも、彼らを見送る姿はなかった。
「大丈夫です。ここは、安全」
「の、ようだな」
 京也の言葉に、如月は静かに頷いた。そして、気がついたかのように、PHSを取り出してアンテナの数を数える。
「さすがに無理ですって。――こっち、ですか」
 情報端末(H・A・N・T)を取り出して、二三情報を確認すると、京也は歩き始めた。
「そうだな」
 口元に笑みを浮かべると、PHSを元の場所にしまいこむ。後に続く足取りは、しなやかでかつ、限りなく無音だった。
 京也はアウトドア用のランタンを手に、すたすたと方向を選んで歩いていく。
 ほどなくして、まるで新品のように綺麗な扉の前にたどり着いた。
 京也はランタンをおいた。そして、黄龍甲の下に薄い手袋をした手を伸ばす。彫刻をなぞるように指先で触れてから、手を引く。
「――どれくらい殺せば、大量殺人鬼になるでしょう。津山殺しは三十人くらい? テッド・バンディも確認が取れてるので同じくらいでしたっけ。確か、宅間は十人いってなかったかと思うんですが。違ったかな。宮崎とかエド・ゲインは「大量」とは言われてないっすよね」
「京也?」
 京也はじっと扉を見つめていた。
「今までは人じゃなかった。今度は人です。――何人、来てるかは知りませんが」
 てのひらが、ぎゅっと握られた。薄い手袋がきしむ微かな音が、しんとした空間に溶けた。
「人の命に軽重はないといっても、裁きの結果(はんけつ)を見ればそうじゃない。交通事故の慰謝料が顕著だ。今の場合、命の価値は軽い方だろう。ただし、人数(あいて)は一人じゃない。そして。たとえ、その場で命を奪わなかったとしても、身動きできない状況でここにおきざりにすれば、それは未必の殺意」
 ゆっくりと、てのひらが上がる。身につけた銃に触れた。消音器のついていないそれが、モデルガンなどではないことは、ここにいる二人は当然のように知っていた。
「過去には自白すべき余罪がある。さらに条件を加味するならば、俺の両手。空手や柔道をやってる人間は、両の手が凶器とみなされて、暴力事件では罪が重くなる。ならば、龍脈の力を制す両の手は、どれくらい重く見ればいい? この両手でなしたことは、正当防衛か否か」
 京也は、目前に両のてのひらを持ってきた。手袋と手甲に覆われたそれをじっと見、握る。
「それ以前に、先制攻撃では正当防衛は成立しない。やはり、殺人罪だ。今の俺が精神鑑定を受けたとして、心神喪失で責任能力なしと出ることはない。キチガイは自分のことをそうとは言わないと言うが、この予想はあまり間違ってないだろう。情状酌量があっても無期懲役。まず、ない」
 長い言葉が途切れた。
 京也は再び、じっと扉を見ていた。
 十分な間をおいて、如月は静かに言った。
「残念だが、そうはならないだろう」
 はじめて、如月の存在に気づいたかのように、京也は振り返った。
 口唇を微かにゆがめるような笑みに、如月は目を伏せる。