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【どうぶつの森】さくら珈琲

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23.あなたが好き


 みしらぬネコさんは自分のベッドから立ち上がると、わたしの方に腰掛けた。
 ベッドが静かに軋んだ。
 わたしは背中を向けたままだった。緊張で口の中が乾いてきたけれど、唾を飲み込むことさえ出来ない。
 みしらぬネコさんはそっと、爪を立てないよう優しくわたしの背中を撫でた。
 その手はあまりにも優しく、そしてどこか怖がっているように震えていた。まるでわたしに触れることを迷っているみたいだった。
 みしらぬネコさんは、おとぎ話でもするような、明るい口調で口笛を吹くように話し出す。

「あるところにひとりぼっちの旅ネコがいました。
 故郷をなくしたネコでした。故郷と一緒に名前も捨てたので、名もないネコでした。ただのネコです。
 あははは!」

 いつもと同じような笑い声。
 いつもよりずっと空しい笑い声。

「往く当てもなくネコは孤独な旅を続けてました。
 ある日、汽車に乗っていたら、たまたま前に女の子が座ってきました。」

 女の子は、とっても美しい顔立ちをしていた。しかし、何より驚いたのはその格好だった。
 ぼろぼろのすり切れた服を着て、痩せっぽちな手足は凍えていて、どう見ても普通の暮らしをしている子には見えなかった。
 そして、そんなみすぼらしい姿でも、目だけは必死に生きる意志を湛(たた)えて輝いていた。
 みしらぬネコさんは彼女に興味を持って、何があったか話しかけると、その子はぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「いやもう、びっくりだよね! お弁当あげたら、すっごい勢いで食べ始めるしさぁ。
 一体どんな仕打ちを受けてきたんだろうって心配になっちゃって!」

 やがて落ち着くと、その子は遠い遠い故郷の村から家出をしてきた、と語りだした。
 毎日子どもや年寄りが厳しい労働を強いられ、みなしごだったこの女の子は、まるで道具のような扱いを受けていたそうだ。
 辛くて苦しくて、なんとか逃げ出せるだけのわずかな金を盗み出すと、それ以外何も持たず飛び出してきたというのだ。
 故郷を失っていたみしらぬネコさんはもちろん同情はしたけれど、彼女には帰るべきだと説得した。

「まだ故郷が残ってるうちならさ、それをどんなところでも大事にしてほしかったんだよ。
 オレにはそれが出来なかったから。故郷がある限り、守って欲しかったんだ」

 もちろん、彼女を一人で帰らせることはしなった。みしらぬネコさんも一緒に、その村に向かったのだった。
 とても荒廃した、まるで世界の終わりのような場所だったらしい。
 そして、みしらぬネコさんはその村を復興させるために尽力した。
 かつて争いで生まれた村を失った彼にとって、気づけば、そこはみしらぬネコさんの新しい居場所になっていた。
 心を開いてくれる村の人々や女の子は、彼にとってかけがえのないものになっていた。

「初めて彼女が笑ってくれたとき、すっげー嬉しかったなぁ……。
 毎日村を復興させるために一緒にがんばってたらさ、気づいたらその子が好きになってたんだ。
 ああ、あの頃は大変で、苦しいこともたくさんあったけれど、それでもとても楽しくて幸せだった。」

 わたしは頭の中で、あの日のマスターの言葉を何度も繰り返した。みしらぬネコさんと知り合ってすぐに、マスターが言っていた言葉。誰かがみしらぬネコさんを受け止めてほしいと言っていたこと。
 わたしに、それが出来るのだろうか。
 その女の子に嫉妬心のようなものを抱いているわたしに、出来るのだろうか。

 輝く日々は長く続かなかった。
 みしらぬネコさんは、乾いた笑いを込めて言った。自分はまた故郷を失ったのだと。

 ある日、村にあの女の子の笑い声が聞こえなくなった。
 村には噂が広まる。なんと、彼女は結婚して村を出て行ってしまったと言うのだ。
 さらにその結婚相手は、そう遠くない街の大富豪。彼女がいなくなるのと同時に、村は買収された。それで村が栄えるのならよかったが、その逆で元の奴隷制度に戻ってしまった。
 村の人たちもすっかり挫けてしまい、ほとんど抵抗をしなかった。みしらぬネコさんが、どれほど立ち上がり戦うことを望んでも。

「慈善事業なんて名ばかりさ」

 みしらぬネコさんは忌々しげに吐き捨てる。

「もう全部嫌になって、彼女と過ごしたあの村も、そこに住む人たちも、全部捨てて逃げてきた。
 サイテーなのはわかってるよ。だけど、もう誰も信じたくなかったんだ。
 だまされるくらいなら、裏切られるくらいなら、誰にも心を開きたくなかった。それからまた、あの子と出会ったときのように、行く当てもなくフラフラと旅人気取りさ。
 その村の名前は、『サイハテ村』。さくらも知ってると思うけど、いつも世界中から募金を募っている貧しい発展途上の地域。
 現実は募金なんて全部金持ちのところにいっちゃって、貧しい住人は働かされるだけ。
 あはは、参っちゃうよなぁ。
 逃げることはできるのに、忘れることはできないなんてね……」

 不意に、嗚咽を抑えるような声が聞こえた。
 気づけば、わたしも涙がとめどなくあふれてきた。
 この人はどれだけ、辛いことや悲しい気持ちを抱えて、ひとりぼっちで生きてきたのだろう?
 それなのに今までずっと、誰にも言わずに耐えてきたのだろうか。
 みしらぬネコさんを知りたいと言いながら、どうしてわたしは彼の孤独に気づいてあげられなかったのか。

「さくら、ごめん。だましててごめんね」

 謝るのは、むしろわたしの方なのに。

「旧友のマスター以外誰も信じられなかったのに、気づいたらオレ、キミに話しかけてた。
 最低な理由だけど、キミは似てる気がしたんだ。
 あの子に。顔も雰囲気も全然違うのに……なんでかなぁ?
 けど、気づいたら会いに来てる……何度も何度も、話したいって、もっと一緒にいたいって思ってる……。
 誰も信じたくないのに……。
 気づいたら、似てるとか関係なく、さくらが特別になっていたんだ。
 気づいたらオレはサイハテ村についてまだ色々調べてて、気づいたらさくらに会いに来てて……。
 わけわかんないよな、ほんと、なんでなのかなぁ?
 オレ、最低な奴なのに……故郷を見捨てた最低な―――」

―――そんなこと、ない。

 わたしの体は、ほとんど反射的に動いていた。起き上がって彼に向き合うと、暗闇の中で輝くその目をまっすぐ見つめた。
 涙で濡れた彼の赤い瞳は、月に照らされている。その瞳には、同じように泣いているわたしが映っていた。
 そして、わたしの口は、いつもの口下手なわたしからは信じられないくらい、思ったままのことを話していた。

―――あなたが、好き。
    わたしは、どんなあなたでも、みしらぬネコさんが好きです。
    ずっとずっと、あなたが大好きです。だから、どこにもいかない。……あなたを、裏切らない。

 みしらぬネコさんは驚きに目を見開きながら、しばらくわたしを見つめていた。
 やがて目をわずかに細めると――あの日、初めて二人で流れ星を見た時のように――ゆっくりと口を動かした。

「オレも、さくらが好きだよ」

 彼がわたしの手を握る。
 ためらいもなくわたしを抱き寄せる。