【どうぶつの森】さくら珈琲
26.プレゼント
「何読んでるの?」
今日もいつもの喫茶店「ハトの巣」にて。隣に座っているみしらぬネコさんは、わたしの持っている招待状を覗き込んだ。
『だ〜いすきなさくらくんへ!
11月4日はボクの誕生日!
パーティ開くからた〜くさんプレゼント用意してねぇ!
なんとなんと、ゲームもするのだぁ!
欠席は承知しないよぉ!
ちょっぴり大人になるラッキーより』
「へぇ、ラッキー誕生日なんだ!」
―――うん、プレゼント何にしようかなぁ。
「ラッキーってエジプト趣味あるじゃん。見た目もあんな感じだし、そういうプレゼントあげたら喜ぶんじゃない?」
そう思ったのだけれど、ラッキーは真のエジプトマニアだ。わたしが手に入るものなんて、とっくに彼は持っているだろう。いっそ奇をてらって包帯やトイレットペーパーとか? なんて、ドラッグストアの景品じゃあるまいし。
プレゼントを選ぶのってほんとに悩む。なんでもいいとか気持ちが大事とか言っても、それでも悩むものだ。
「そういえば、さくらの誕生日って聞いたことないんだけど?」
―――え? 別にいいじゃん。
「なんで隠すのさー?」
わたしは、自分の誕生日が好きじゃない。
「彼氏として知らないわけにはいかないよ! ねぇいつ? いつ? 教えてよ〜!」
―――……4月1日。
もう一度尋ねてきたので、わたしはもう一度、はっきり同じことを言った。
「うっそー!?」
ほら、お約束の反応。こんな嘘をついてどうする。
わたしは、エイプリルフールに生まれた。その日ちょうど、庭の桜が満開に咲いていたから、さくらだ。
けれど、どうしてわたしは自分の誕生日について、あまり思い出したくないんだろう。世間話をしている間にも、無意識のうちに、記憶を手繰り寄せてしまう。
―――それにしても、プレゼントどうしようかな……。
「じゃあさ、自分がもらってうれしかったものとかどう? さくらが今までで一番うれしかったプレゼントは?」
その質問に、わたしは一つの答えにたどり着いた。
―――……石。
「いし?」
―――小さい頃、隣にわたしよりもっと小さい女の子が住んでてさ、その子も偶然にも同じ4月1日生まれだったんだ。
たんぽぽちゃんって名前の子。
「へぇ、かわいい名前だね」
そうだ、たんぽぽちゃん。
いつも髪の毛をポニーテールにしてた、石集めが大好きなたんぽぽちゃん。
自分で石を磨くほどのマニアだったたんぽぽちゃん。
おしゃべりが大好きで、妹のようにあちこちについてきてくれた、おませなたんぽぽちゃん。
今まで、どうして忘れていたんだろう。
―――はい、この話は終わり。
「ええ? たんぽぽちゃんとの思い出話は?」
―――もういいじゃん、忘れた。
「いや、いきなりおかしいよ!」
―――おかしくないよ。はい、終わり。
「何それケチ!」
みしらぬネコさんはすねたように、そばにあった角砂糖の瓶をいじり始めた。
そのとき、ずっと黙っていたマスターが小さく言った。
「……お別れしたんですか」
わたしは、うなずいた。
みしらぬネコさんも、それですべてを理解したみたいだった。
その石を取りに行くために。
4月の誕生石はダイヤモンドだ。その、ダイヤモンドのような石を探しに。
彼女はお気に入りの川辺へ行って。
ポニーテールをした、彼女の大きな頭が。
ゆっくり倒れて。
速く流れて。
どうして、今まで思い出そうとしなかったのだろう。いや、思い出したくなかったんだ。
わたしは、無意識に誕生日の話を避けてきていた。
最後まで、石を離さなかった、たんぽぽちゃんのことを思い出さないために。
ずっと封印していた記憶を、今は鮮明に思いだせる。
強いショック。鮮烈な悲しみ。「わたしのせいじゃない」という逃げるような気持ちと、「お前のせいだ」と自分を責める気持ち。
「一番きれいな石をおねえちゃんにあげる」という言葉。
にせもののダイヤモンドは磨かれることがなく、原石のままだった。
わたしにとって、人生で初めてのお別れだった。
だからきらいなんだ、誕生日は。
みしらぬネコさんは、そっとわたしの手を握った。
「来年の誕生日は、オレが祝うよ!」
―――え。
「この店で。みんなでパーティしようよ、ねぇマスター!」
「クルックー。楽しそうですね」
わたしは、しばらく二人を見つめて、ありがとう、と短くお礼を言った。肝心なときに、やっぱりうまく言葉が言えないや。
そして、ラッキーのプレゼントを買いに行くのを口実に、店を出た。
しかし実際は家にまっすぐ帰った。
わたしは、もう使っていない引き出しから、とても久しぶりにあの石を出した。
貝殻のように耳に当てると、彼女の笑い声が聞こえそうだった。
わたしは「4月1日」を頭の中で何回も繰り返す。
わたしの誕生日。
たんぽぽちゃんの、誕生日。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗