金色の双璧 【連続モノ】
Scene8 28.聖衣
純白のマントの下で黄金に煌めく、着けなれたはずの聖衣。
それがひどく重く感じる時がある。
そんな時は決まって何かしら不幸な出来事が起こる・・・いわば予兆。
それが己の身に起こるのか、それとも仲間の身に禍が降りかかるのかはわからないけれども・・・・。
ヒタヒタと忍び寄る足音が、黒く沁み広がる邪悪な気配が、少しずつ・・・だが確実に侵蝕しはじめたのを感じ取りながら、シャカは優雅に弧を描く眉をわずかに寄せた。
「―――これだけの人数で抑えられるものなのか?」
同じように気配を感じ取ったのだろう、シュラが質問をシャカに投げかける。シャカはコクリと頷くと笑んでいるようにも見せながら、口元を緩めてきっぱりと言い切った。
「可能性云々を問うよりも我々が存分に力を奮い、抑えねばなるまい」
「しかし、この地が鍵になるなんて思いも寄らなかったな。地上の要は聖域だろう?なんでこんなところを奴らは選んだんだろう?」
至極当然な疑問をぶつけるシュラに今度はシャカではなく、アフロディーテが代わって答えた。
「奴らの思惑が何にせよ、受けて立つのみさ」
アフロディーテは緩やかな波を描く柔らかな長い髪を優雅に舞わせながら、見るものを虜にするかの如く嫣然たる笑みを浮かべてみせた。
「だな。久しぶりに腕が鳴るってーもんだろ。ごちゃごちゃ言ってるおまえが、一番血が騒いでるんじゃねーのか?シュラ」
にかにかと締まり無い笑顔を向けるデスマスクもまた気が嵩じているようである。くだけた会話で緊張をほぐす三人の輪から、シャカはそっと離れると一人静かに物思いに耽る。
遠く離れた聖域にて沸々と闘志を滾らせているであろうアイオリア。獅子座の聖衣を身につけ、陽光の下で輝く雄姿を今、この目で見ることができないのを残念に思う。
そして、十二宮で争いが生じるたびになぜ己が守護する宮がアイオリアのひとつ手前ではなく、後なのだろうとどうにもならない事実に苛立ちを覚えたものだった。
変えることが出来ない「決まり事」であっても、いつか「その日」が来てしまうのではないかとシャカが密かに恐れていた。そんなことなどアイオリアは知る由もないだろうが。
「・・・・らしくない、な」
そんな風に感傷的になっている己を自嘲すると、シャカは小宇宙を高めるべく瞑想に沈む。そんな中、ジンッと熱を伝えるものがあった。熱を発しているのはアイオリアの手紙だ。それはアイオリアの想いともいえた。
聖衣の隙間に仕舞い込んだ手紙が熱を発し、やがて陽光にも似た優しいぬくもりでシャカを包みこんでいくのをシャカは感じた。
あたりまえのようにキスをして、あたりまえのように笑顔を向けるアイオリアの姿がシャカの脳裏に浮かぶ。ふと伸ばせば触れるごわごわした固い髪や、陽だまりのような匂いのする日に焼けた肌も、優しく頬をすべる節くれだった無骨な指もリアルに映しだされていた。
シャカの名を呼ぶ穏やかな声さえも。
「すべてが、あたりまえのように与えられていたけれども・・・離れてみてわかった。君がどれだけ大切なことを惜しみなく与えてくれていたのかということを・・・」
もう一度、その穏やかな声で自分の名を呼んで欲しいと、その陽だまりのような腕の中で抱き締められたいとシャカは思う。
一瞬一瞬がとても神聖で、アイオリアはとても大切な存在なのだということに改めて気付いたシャカはその想いをひとときの間噛み締めたのち、組んでいた両脚を解いてすっくと立ち上がった。
「・・・・さて。時間だ」
晴れ晴れとしたシャカの横顔とともに乙女座の黄金聖衣は一際眩しく輝きを放った。
作品名:金色の双璧 【連続モノ】 作家名:千珠