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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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8. 勅命



「……ということで、ご相談に上がったのですが」
「―――わかりました。そんなことが起きていたとは……知りませんでした」
 涼やかな声を響かせ、思案に耽るアテナの次の言葉をサガは目を伏せて待つ。
 カノンがうまく海皇を説き伏せることができればいいが、うまくいかなかったことも考え、シャカを一度聖域に呼び戻したほうがいいだろうと踏んだサガはアテナへと相談を持ちかけたのだった。
「ですが、サガ。その状況だとシャカを呼び戻すのは難しいかもしれませんよ」
 ようやく口を開いたアテナの言葉にサガは訝しんだ。
「何故―――でしょうか?」
 白い指先を持て余すようにアテナは頬を撫でると、その指先をふっくらとした唇へ滑らせ、小さな吐息を零した。
「私にはどうしても合点がいかないことがあるのです。まずは冥王の剣。アレを冥王が手放すとはどうにも考えにくいのです。あの剣は冥王にとって半身ともいうべき存在……いいえ、冥王そのものとも言えるモノだと私は思っております。そして、海皇もまたその点は私と同じ認識だと思うのです」
 そこで一度言葉を切ったアテナは続けても構わないか?と、窺うようにサガを見る。サガは何も云わず、ただ頷いて見せた。
「それに海皇が欲したとして、恐らく冥王は渡さないはずだと。ですが、実際に海皇の手に渡っている。そうなのですよね?」
「はい。そのように聞き及んでおります」
「そして、冥界側は返せと言っているのですよね?冥王ではなく、冥界の者たちが」
 こくりとサガが頷きを返すと、にっこりとアテナは不思議な笑みを浮かべた。
「それが……私には不可解に思えてならないのです」
 そう云うとアテナはまるで秘密を打ち明ける悪戯っ子のように瞳を輝かせた。
「これは―――私と冥王だけの秘密の約束だったのですけど」
「他言は致しません」
 打ち明けたくてうずうずしているアテナの少女らしい面を見てとり、サガは頬を緩めた。
「彼は私にこう約束してくれたのです。“いかな時でもシャカの身は守ろう。その心身を安らかに保つために余は力の限りを尽くす”って!ああっ...もうっ、私まで恥ずかしい」
「はぁ……」
 一人で顔を赤くし、照れながら喜んでいるアテナに気の抜けた返答しかできないサガである。

 ―――夢見る乙女ここにありき、か。

 思わず、そんなことを思いながら、コホンと軽く咳払いをしてサガはアテナに声をかけた。
「あの……そろそろ戻ってきてくださるとありがたく思うのですが」
「え……?あら、いやだ。私ってば。ごめんなさい」
「いえ、アテナも多感なお年頃でしょうから」
 時折垣間見せる、沙織の少女らしさを愛でるようにサガは柔和な笑みを零した。
「どちらにしろ、情報がもう少し欲しいですね。冥界に書状をしたためます。サガ、あなたに人選は任せますが、よろしいでしょうか?」
「はい。それでは……多少面識のあるものがよろしいかと―――ムウで宜しいでしょうか?」
「ええ。彼なら問題はないでしょう。礼儀を弁えた行動をとってくれるでしょうし、機転も働かせてくれるでしょうから」
 それが時に慇懃無礼となり、機転を利かすどころか単独行動を取りかねないかもしれない……と懸念を抱きながらも、サガは心中を隠すように笑ってみせた。


「―――アテナの勅命というのでしたら、致し方ありませんねぇ」
 訪れたサガにお茶を差し出し、もてなすムウは勅命とやらの詳細を聞くと胡散臭そうに顔を歪めた。
「行ってくれるか」
「勅命なのでしょう?」
 でなければ断る気満々といった風なムウにサガは苦笑した。
「すまないが頼む。できれば……シャカと直接話もして貰えるとありがたい」
「試みてはみますが、期待はしないで下さいね」
 淡々と答えながら、サガが差し出したアテナの書状を手に優雅にムウは微笑むと早速、仕度に取り掛かった。貴鬼は立ち去るサガに頭をくしゃりと撫でられながら、目をくりくりと輝かせ、ムウの傍へ駆け寄る。
「ムウさま、冥界に行かれるのですか?」
「ええ」
 黄金聖衣を瞬時に身に纏ったムウは、その姿を眩しそうに眺める貴鬼の肩に手を置き、その目線に合わせるように跪いた。
「―――そんなに長くはかからないと思いますが。留守を頼みましたよ、貴鬼」
 貴鬼は薄茶色の瞳を爛々と輝かせながら、元気よく返事を返した。
「はい、ムウさま。お気をつけていってらっしゃいませ!」
 貴鬼の見送りの言葉に薄く笑みを浮かべると、ムウは意識を集中させ、飛翔する。
 
 ―――闇が蠢く、冥界の枢軸たるジュデッカへ、と。