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FORCE of LOVE

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05-2 再出発


「…なんか元気ねーな?」
「えっ、いやそんなことないよ」
 乾杯した後の他愛ない会話の真っ最中に、ふと思い出した豪炎寺くんの顔が頭から離れなくなって、僕は胸が痛むのを抑えられない。喧嘩しちゃったってことが気になってお酒が美味しくない。
「そんなことより、染岡くんと会うの本当に久し振りだね。最近どう?元気でやってた?」
「ああまーな。お前こそ」
「僕はほら、見たまんま。元気だよ」
 僕は染岡くんが大好きだ。ただの好きでは伝わらないくらい、大好きだし、今でも彼と一緒にいるのは心強い。大好きだ。そのぶっきらぼうな優しさも、呆れるくらいの負けん気も。でもやっぱり違う。大好きだけど、違う。だって僕は染岡くんに触れて欲しいとは、もう思えないから。
「なあ、言いたくなきゃ別に良いけどよ、やっぱお前なんか…悩んでるんじゃねえの…」
「そう見える?」
「隠してたってお前、顔に出るから」
 僕は天ぷらをかじったまま黙ってる。染岡くんは揚げ出し豆腐をお箸で摘まんだままじっと僕を見てそう言った。エスパーだ。染岡くんは鈍感なくせに変なところでとても目敏い。
 別に悩んでないと言ったら嘘になるけど、今はちょっと考え事をしていただけだ。ぼーっとしてたから、眉間に皺が寄ってたかもしれないけど。
「…んー、まあ、強いて言えば…」
 豪炎寺くんと染岡くんに対する自分の気持ちに整理をつけてた。遠くにいても元気ならそれで良い、っていう大好きな気持ちと、憂き目にあっても傍にいたいと思う気持ちとは、やっぱり大分違うのだ。好きになった人から好きだと言ってもらえてやっと手に入れたこの必死さは、友情とは比べられない。たとえ歪んでても醜くても、正しさや理屈をかなぐり捨てて好きだと喚ける幸せを、僕はもらったのだ。大好きだったけど、それをくれたのは染岡くんじゃなかった。
「…染岡くんって好きな人いる?」
「な、なんだ突然」
 この手の話は、得意じゃないし好きでもないと思うけど、僕の問い掛けに染岡くんは顔を真っ赤にした。それなりに思い当たる人がいるのかなあ、と他人事のように思って、僕はそれが本当に他人事なんだと気付く。
「僕さ…昔、染岡くんのこと好きだったんだよね」
「な、はあ!?」
 変に思うだろうけど別に良い。当たり前だ。ただそれを聞き流して欲しいだけなので、深く考えられてしまう前に、僕は次の言葉を選ぶ。
「でも今は他にすっごくすっごく好きな人がいて…まあ、恋煩いってやつだよ」
 僕は海老の尻尾をお箸で弄りながら話してて、ちらりと染岡くんを見れば、真面目な顔をして聞いてくれている。こういうところが好きなのだ。僕が一番話したいことを、上手く汲み取って、僕の告白はまるでなかったことみたいなふりをして。
 それが残酷だと思った時期もあったけど。
「好きなんだぁその人のことが」
 僕が吐き捨てるようにそう言って飲み干したビールを、染岡くんは痛ましそうに見つめてた。僕の体内に流れ込んでくまで、グラスの中をじっと。
「…片思いなのか」
「え、違うよ、付き合ってるよ」
「はあ…?じゃあ良いじゃねえか」
 僕は何もいわない。柳葉魚のフライを半分くわえてこっそり溜め息をつく。僕がもしまだ染岡くんを好きだったら、とても傷付いたんだろうな、と思って。
「あ?ていうかお前、付き合ってる奴がいんのに豪炎寺と暮らしてんのかよ」
 顔が、引きつる。気付かれたかなと思って表情に出してしまったのに、相変わらず染岡くんは首を傾げてる。何度も言うけれど染岡くんのこういうとこが大好きで、残酷だなあと僕は思う。報われなかった僕の初恋は、なんだかとても馬鹿馬鹿しくて、なんだかとても、笑ってしまう。好きだったんだ、この鈍感で優しくて残酷な人が。染岡くんを大好きで苦しかった時間は、過ぎ去った今でも、なんだかきれいで濁りない。
「…豪炎寺くんかぁ」
 まるで今思い出した、と言わんばかりに呟いた豪炎寺くんの名前に僕は目頭が熱くなる。染岡くんはこれだけ言っても僕の告白をまだ無かったかのように振る舞っていて、僕は僕の昔の恋の報われなさに涙が出そうだ。それと同時に豪炎寺に会いたくて泣きそうになる。僕の大好きだって言葉を、豪炎寺くんは嬉しいって言って、返してくれる。応えてくれる。こんなに満たされることを僕は他に知らないのだ。
「染岡くんも大好きな人と幸せになれると良いね」
「余計なお世話だっつーの」
「あはは」
 余計なお世話かあ。これを願えるまでに僕は、色んなものを越えてきたのに。僕のこの気持ちを染岡くんと共有する時は、きっと二度と来ないのだ。
 そして、だからこそ染岡くんのことを、今こんなに心から大好きだって思える。昔のような恋心じゃない、やさしい穏やかな大好きって気持ちで、アツヤがいた頃の不安定で幸せだった僕を支えてくれた大好きな染岡くんに、見返りを求めない純粋な感謝で向き合える。それが幸せで、泣きたい。
「まあ、なんだ…頑張れよ。色々あるんだろうけどさ」
 ばかで鈍感で優しい染岡くん。本当に僕の気持ちを、受け取ってくれず、でも僕を支え続けてくれた、その一方通行な僕の思いは、今それだけで生きていけると思える位に好きな人がいるというだけで、笑い話に出来るのだ。あーあ僕ほんと可哀想。初恋は完敗だったなあ、って。
「…お前が、幸せそうで良かった」
 染岡くんはそう言って、僕の知らない大人になってしまった優しい表情で笑った。幸せそうに見えるのは豪炎寺くんのことを考えてるからだろう。正直なところ僕は今、ただただ豪炎寺くんに早く会いたくて、おかえりって言って抱き締めてあの見慣れた笑顔で、好きだと言って欲しいってことばかり、考えてる。早く仲直りしたいなあってことばかり悩んでる。