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FORCE of LOVE

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06-1 再出発2


 地面が薫るというのだろうか。透き通った空気を肺いっぱいに吸い込むと、くすぐるような穏やかな匂いにつんとする。
「良い場所でしょう」
 大きな荷物を抱えた吹雪が朗らかな響きで口にした言葉に、隣に立っていた老夫婦が賛同した。人も町も優しい。吹雪が一言で語るこの土地の良さを、染み込むように感じとれる。
「お兄さん方もご旅行ですか?」
「えっと…はい、そんなようなものです」
「仲がよろしいのね」
 他意はないと分かっていても、未だにそういう言葉には照れくさくて反応に困る。仲が良いと言われるのは単に友人同士に見えているというだけなのだろうが、俺にとってはそれ以上の意味を持つ。
「私達はねえ、金婚式のお祝いに娘夫婦が旅行を手配してくれて」
 吹雪は純粋に目を輝かせてその女性の話を聞いていた。俺はといえば、自分と同じようなぶっきらぼう顔をした老夫婦の旦那の方と目が合って、お互い妙に気まずくなって小さく会釈を交わして俯いている。
 言っておくが決して、やましいことはない。ただ気恥ずかしくはあるというだけのことだ。
「…あら。じゃあバスが来たから私達はこれで」
「良いご旅行を」
 手を振る吹雪の横で俺も頭を下げてバスを見送る。旅館の送迎バスだ。小型で古くて、でもいかにも安全運転しそうなバス。俺はにやにやとしたままの吹雪に余計なことを言われたくなくて、バスが角を曲がる前にさっさと歩き出す。
「あっひどい待ってよ」
 吹雪の荷物も持ってやろうかと一瞬思って、抱えて両手からはみ出るような大きさの鞄を軽々と肩にかける様子を見てやめた。なんとなく釈然としないが、吹雪らしいといえば吹雪らしい。まったくもって変なところばかり、こいつはとても逞しいのだ。
「ねえ…金婚式だって」
「そうだな」
「僕らもさ、年とっても一緒に旅行とかしたいな」
 本当にただ屈託なく夢を語る吹雪の横顔を見て、俺はほんの少しだけだが切なくなる。結婚なんて出来ないから、俺達には金婚式もなければ新婚旅行だってない。そう考えると数十年後の自分達なんて想像出来ないことに気付く。俺達はどうやって年を重ねていくのだろう。年をとればとる程に周りの目も厳しくだろうと考えれば、俺だって不安にもなることもある。
「…あんな年になって男ふたりで暮らしてたら、妙だと思われるんだろうな」
「そうかなあ。まあでも、そのときは上手く誤魔化せば大丈夫だよ」
 目を見れば、何の迷いもなくからりと笑っている。ああ吹雪は本気で言っているのだ。
「…そうか」
「うん」
 余裕に満ちた返事だ。揺らぎない安心が吹雪にあって、それは俺にも伝染してくる。最近じゃ俺の方が頼りないくらいだ。なんだか吹雪はふっきれた様子で、俺との関係を事ある毎にめいっぱい肯定するようになった。将来を不安がることも今を疑うこともない。俺はそれが心強いような、成長が寂しいような、複雑で恵まれた気持ちでいっぱいになる。
「そうだな」
 俺が確信をもって頷いたことに満足した吹雪は、甘いものが食べたいと唐突に言い出して鞄をあさり、いつの間にか買ったガイドブックを見て店を探し始めた。楽しそうに、あちこち指差しては本と見比べる。無邪気なその様子を見ていると、ごちゃごちゃ考えていたことはいつの間にか昇華して儚く消えた。
「あ!アイスクリームたべよう」
 ただ俺は、吹雪が子供みたいにはしゃぐのは不安を誤魔化すためだということをとっくに知っている。それを分かってても俺にしてやれることなんて、一緒に笑ってやること位だけれど。

「口のまわりについてるぞ」
「えっうそどこ」
「さあ」
「な…っ、いじわる…!!」
 袖で拭こうとする吹雪の手を掴んで止めて、アイスクリームのせいで少し冷たくなった下唇を舐めた。一瞬にして赤く染まる顔がおもしろくて、掴んだ手首を離すのも惜しい。口についてるなんて言ったのはほんの冗談だが、思いがけず可愛いものが見れて満足だった。
「ここお店の前なんですけど」
「誰も見てなきゃ良い」
「…豪炎寺くんってたまにツボが分からないよなあ」
 なんで仲が良いって言われただけで照れるくせにこういうこと平気で出来るんだろ、と吹雪が頬が高揚したままぶちぶちと文句を言うのはただの照れ隠しだと分かっているので、気にせず食べ掛けのアイスクリームを自分の口に押し込みながら適当に頷いておいた。からかうつもりはないが、こういうじゃれあいが嫌いじゃなくて、つい。そう言ったらまた吹雪は怒るだろうけど。
「どうする」
「うーん、あ、僕この直産お土産流通センターとかいうの行ってみたかったんだ。キャプテン達に何か送ろうよ」
「…そうだな」
 ふと空を仰いでその澄んだ色に目頭が焼けるように感じる。空が高すぎる。俺の考えていることを読み取ったように瞳を曇らせた吹雪が、道の真ん中だというのに、腕にしがみついて小さく首を振った。まあ、誰も見てないから良いと言ったのは俺だけれど。
 その頭を撫でてやりながら、この場所においてあまりに吹雪がか細く見えることに気付く。少し歩いて、突然立ち止まった吹雪は弱々しく笑って呟いた。
「…ごめん、冗談。やっぱり行こう」
 謝る必要なんかない。俺だって躊躇っていた。吹雪が言い出すのを、ただ黙って待っていた。
 俺自身どこかではぐらかしていた事実を改めて受け入れるなら、今、俺達は吹雪のご両親とアツヤの墓参りのために、北海道に来ている。