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FORCE of LOVE

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06-2 再出発2


 なだらかな丘の中腹、ラベンダー畑のすぐ脇に、吹雪の家族が眠る墓地はあった。風が吹けば花が香り、日差しは木の葉の間から降り注ぐ。とても穏やかな雰囲気の霊園だった。
「教会なのか」
「まあ、場所に似合わず墓石は和式なんだけどね」
 お互いに片手には花束を抱え、吹雪はビールとオレンジジュース、俺は線香と饅頭とタオルを持って、ゆっくりと階段を登る。
「今ならやっと、ここが優しい場所なんだって分かるよ」
「…そうだな」
「でしょう。人の祈りと歌と、教会のオルガンと…みんな、あったかい気持ちで作られた音でさ」
 耳を澄ませば、聖歌の言葉ひとつひとつも聞き取れる。感謝と神の賛美と、希望の歌。それに包まれているこの墓地は、たしかに安らかな眠りにとって、とてもやさしいものなのだろう。
「子守唄みたい」
「そうだな」
 俺は相槌をうつばかりで、吹雪の話をただ聞いていたかった。昔はここが天国みたいに見えて来るのが辛かったこと。神を肯定する教会の歌が大嫌いだったこと。ラベンダーの香りが、涙と結び付いてしまったこと。でも今は、とても穏やかな気持ちでいられるということ。
 ひとしきり話し終えると、吹雪は俺の手を握った。お互い荷物が多いから、とても無理やり繋いだ手だけれど、俺は墓に着くまで、それを決して離すまいと思った。
「大丈夫だよ。もうこわくはないから」
 俺がいれば、何も怖いものはないと吹雪は言った。その言葉通り、吹雪はずっと避けていたこの場所に、自分から行くと決めた。俺は手を握って、隣を歩いてやることしか出来ないけれど、それは俺にしか出来ないことなのだ。
 不意に歩く速度を緩めた吹雪に手を強く握られて立ち止まると、左手に吹雪の名前が刻まれた墓があった。まだ新しい花が、一束飾られている。吹雪が、おばあちゃんかなと呟いて、その花に水を挿した。俺は持ってきた線香や供え物を出すふりをしながら、ぼんやりと墓石を眺めた動かない吹雪を見つめている。
「ちゃんと僕が、生きてるってことに向き合えたのは、君と会えてからだけど」
 吹雪は持ってきたタオルで丁寧に墓石を拭いて、水や花を捧げ、長いこと立ち尽くした後に、静かに両手を合わせた。風で花びらが一枚とれて足下に落ちて、歩くようにその身を揺らす。全てが吹雪のために、穏やかに息をひそめているかのようだった。
「僕はもうお酒だって飲めるから、生きてたらお父さんの晩酌にも付き合ってあげられたのになって、たまに思うんだ。それどころかお母さんが亡くなったときの年齢なんて、あと数年で追い越しちゃうしさ」
 缶ビールを三つ並べて、オレンジジュースのプルタブを開ける。花の香りと混じる柑橘の匂いに、吹雪がぽつりと呟いた。
「…でもアツヤは年をとらないんだろうなあとか、考えたりもする」
 俺はお前には、そんな顔をして欲しくないと、何故言えたろう。お前が罪悪感をすべて背負い込んで生きることを誰も望みはしないなんて、そんなこと俺は言えるはずもなく、ただ隣に立って同じものを見つめている。でもきっと見えている景色は同じじゃない。吹雪の心にどうしても誰ともわかち合えない部分があることも、受け入れている。俺は吹雪のすべてを埋めてなんてやれないのだ。
「お前がそうやって自分を責め続けて生きていきたいなら、俺は、何も言わない」
 声は震え、瞳は揺れて、格好はつかないけれどそれで良いと思った。隠し事や虚勢はもう意味も価値もない。弱いならそれで良い。お互いに。そう思わせてくれる吹雪士郎が好きなのだ。
「だがお前にも何も言わせない。たとえお前の家族に恨まれても、お前がそれを許せなくても、俺は吹雪が生きていてくれたことに感謝してる」
 殴れば殴った手の方が痛いというが、言葉でも同じかもしれない。言ってしまってから後悔もした。それは吹雪を傷つける言葉かもしれないと思った。俯いた吹雪は何も言わずに、目から大粒の涙をこぼし、搾り出すように呟く。
「お父さん、お母さん、アツヤ、聞いた?」
 心臓が跳ねておそるおそる吹雪を見るが、続いた言葉は思いの外、単純な響きだった。誇らしげに聞こえたのは、俺の自惚れか。
「…これが僕の大好きな人なんだよ」
 しばらくして真っ赤な目で笑った吹雪は、俺の手を握った。僕って見る目あるでしょう、と付け加えて、ゆっくりと俺の方を向いて、その笑顔のまま、寄り添うように一方近付いて、肩を腕に押し付ける。
 ありがとうと吹雪は言った。その言葉はまるで、俺の口から出たように思えた。俺が言いたくて言えなかったのは、ただ単純に、生きていてくれてありがとうということだったのだ、きっと。
「…必ず幸せにします。俺が幸せを貰った分の何十倍も。だから」
 墓石からは何も返ってこない。多分、生きていたら平手打ちだっただろう。それでも俺は諦めません、と心の中で付け足して、土下座する思いで、渾身の力で深く、低く頭を下げた。
「息子さんを、俺にください」
 隣で呆然としていた吹雪は、やがて一緒になって頭を下げて、重力に負けた涙が、いくつも地面に落ちていた。

「今日が僕らの誕生日みたいなものだね」
 帰りの道すがら、吹雪は思い付いたように口を開いた。
「君と生きていく僕の誕生日。こういうのを、人は結婚って形にするんだろうね」
 行きは両手に荷物があって上手く繋げなかった手も、今はしっかり結ばれている。お互いが掴むように握りしめているから、ほどけることは決してない。
「結婚記念日だな、今日が」
「そうだね。あーあ、残念でした。もう僕から逃げられなくなっちゃったよ」
「ばか」
 楽しそうにくすくすと笑う吹雪を見て、もう離れることは本当にないんだろうと思った。俺には吹雪が必要なのだ。
「じゃあ新婚旅行だな」
「え?」
「…もう少し休みとって、二人で北海道を旅行しよう。お前の昔の仲間に会いに行って、思い出の場所とかまだ行ったことがないところに、一緒に行こう」
 繋がれた手がふと離れて、吹雪は俺の左手を自分の左手に触れさせて、薬指同士を絡めた。指切りのような、誓いのような、不思議な神聖さをもって熱を分け合う。
「ここ、教会だよ」
「そうだな」
「結婚するつもりで一生そばにいてくれるってことだよね、本気だよね。破ったら地獄だよきっと」
「お前もな」
 笑ってしまう。必死になって、お互い繋ぎとめようと躍起になっているというのに、どうやったら別れられるというのだろうか。誓いを破ったときは、二人で一緒に地獄におちれば良いのだ。最後まで二人で、連れ添っていけるなら。
「…病めるときも健やかなるときも…だっけか」
「そうそう。愛しうやまい慰めたすけ節操を守ることを」
 歌うような響きは吹雪の口からこぼれて、温い空気を孕んだ風に乗って耳元を舞った。
「僕はさ、とっくに誓ってるんだよ」
 形さえ整ってはいない、玩具の指輪で交わすようなちゃちな誓約。でも神に約束するならそれは絶対だ。俺は吹雪と、何があっても一緒にいる。天地が裂けるときは手を繋いで眠りにつこう。平和なら最後まで一緒に笑っていよう。