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FORCE of LOVE

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03 国家試験前


 お兄ちゃんの大学から徒歩二分、コンビニの斜向かいに吹雪さんの住むアパートはある。築何年かなんて聞いちゃいけないかと思うような見た目だけど案外きれいで、立地も間取りも中々便利で、吹雪さんは大学を卒業しても、ここを引っ越さなかった。多分お兄ちゃんが来やすいようにだ。今は忙しくて上手く時間が作れないみたいだけど、つい最近まで、お兄ちゃんは一週間の半分くらいはここで過ごしてた。寝泊まりなんてしょっちゅうで、ここにはお兄ちゃんのパジャマも教科書も置きっぱなし。ここは二人の、秘密基地みたいなものなんだと思う。
 防犯ブザーみたいな音のインターホンを押すと、起き抜けの吹雪さんが寝間着のままドアを開ける。私に気付くと一瞬気まずそうに笑って、中に入れてくれた。
「ごめんね夕香ちゃん、こんな格好で…昨日遅かったからさ」
 独り言みたいな言い訳を呟きながらお茶を淹れる吹雪さんを横目に見ながら座布団を探して勝手に座る。私にとってもここは秘密基地なんだ。一度、家出してきて泊めてもらったこともある。
「ごめんね吹雪さん、起こしちゃって」
「ううん。あ…ちょっと待ってて、着替えてくるから」
 時計を見ると、もう昼の十二時半をまわってる。夜遅く帰って来たとしても、もう流石に起きていて良い時間だろう。吹雪さんはお兄ちゃんがいないといつもこんな感じだ。
 だから金曜の夜は、決まってここにはお兄ちゃんがいた。そのままずっと泊まっていて、日曜日の夕方に帰ってくる。それで私の勉強をみたり、一緒に夕飯を食べたりして、また月曜日からお兄ちゃんの行ったり来たりが始まるのだ。それがずっと続いてた。何年も、ずっと当たり前みたいに。
 お兄ちゃんは今、国家試験に向けてがむしゃらに勉強している。部屋にこもったっきりご飯を食べるのも忘れてるくらいなのに、昨日突然私の部屋に来て、吹雪さんに届けて欲しいと頼んで、大量の冷凍したおかずが入ったタッパーを作ってた。たまに分からなくなる。吹雪さんとお兄ちゃんって、何なんだろう。何でこんなにも、お互い一緒にいなきゃいけないみたいな顔をして、自分の生活を相手に捧げてしまってるんだろう。
 昔は、お兄ちゃんは私に対してそうだった。
 散々不満みたいなことを言ってしまったけれど、吹雪さんは嫌いじゃない。お兄ちゃんとどっちが好きかなんて聞かれたら困るけれど、即答出来ないくらいには、吹雪さんのこと大事にしてるお兄ちゃんの気持ちが分かるつもりだ。そしてお兄ちゃんが、私と吹雪さんのどちらが大切か聞かれたら、凄く困った顔をすることも分かってる。それは私への優しさと負い目からだっていうことも、知っている。
 パーカーに着替えてきた吹雪さんが、テーブルの上のゴミをビニル袋に突っ込んだ。端と端に二つ置かれていた発泡酒の缶。一方は袋に入れずに、手に持って台所に行く。多分、中身には口をつけてない。私は知ってる。吹雪さんは寂しいとき、いつもああして二人分の食事を用意する。お兄ちゃんではなく、吹雪さんの弟さんの分なのだ。
「これ、お兄ちゃんが吹雪さんにって」
 差し出した大量のタッパーを見て嬉しそうなような困ったような顔をする吹雪さん越しに、いつもは伏せられている吹雪さんの家族写真を盗み見る。吹雪さんは私には、家族の話をほとんどしない。ただもういないってことだけ。
「ありがとう、重かったでしょう」
「ううん。それと参考書持って帰ってきてくれだって」
「…ああ…うん」
 歯切れの悪い返事をして本棚からお兄ちゃんの教科書を取り出す。本棚にあるのはほとんど全部、お兄ちゃんのものだ。
「その雑誌は吹雪さんの?」
「ううん。買ったのは豪炎寺くんだよ」
「…吹雪さんは本読まないんだ」
「読むけど、買わないよ」
 だって君のお兄さんが先に買っちゃうんだもん。そう言って浮かべる微妙な笑顔を、私はよく知っている。あいつは放っとくとろくな食生活を送らないから、と怒っていた昨日のお兄ちゃんと、同じ顔だ。
「夕香ちゃんお昼食べた?」
「まだ」
「じゃあ送ってくから何処かで食べてこう」
 参考書の詰まった重そうな紙袋を両手に提げた吹雪さんを見て、頼まれたのは一冊だけだと言い掛けた口を閉ざす。それは言わないでおこう。だって荷物が重い方が、吹雪さんはゆっくり歩く。その分長く、隣を歩ける。くだらない話をしよう。吹雪さんが、沈黙に便乗してお兄ちゃんのことを考えないように。お店、混んでると良いな。私がそんなことを考えてるなんて知ったら、お兄ちゃんはどう思うんだろう。
「何が食べたい?」
「えっと…ハンバーグ」
「良いねえ」
 吹雪さんはにこにこしてる。多分、お兄ちゃんのことを考えている。吹雪さんは本当にお兄ちゃんと仲が良い。仲が良いというよりは二人ともお互いが特別なんだと思う。外に出るとどんよりと曇っていて、吹雪さんは傘を二本持った。
「吹雪さんそれじゃ傘させないでしょ。一本で良いよ、私がさしてあげる」
「そう?ありがとう」
 雨、降りますように。なんて考えていたら見透かしたように吹雪さんが、相合傘になっちゃうね、と申し訳なさそうに呟いた。そこは、嬉しそうに言って欲しかった。
「豪炎寺くん、最近どうしてる?」
「…頑張ってるよ」
「そっか」
 吹雪さんは、あんなに重そうな紙袋を手品みたいに軽々持ってて、あまり時間は稼げなかった。その代わり雨は、もうすぐ降ると思う。
「みつあみ」
「え?」
 一瞬髪に触れた手が振り返ったことで離れた。ただ笑っているだけの吹雪さんは何を考えてるか分からない。何も考えてないかもしれない。でも私の心臓は息を止めてたみたいに弾んだまま収まらなくて、でも、吹雪さんはそんなこと一生気付かないんだ。気付いてもきっと皆が傷つくだけ。
「似合うね。自分でやってるの?」
「…うん」
 吹雪さんが私のことを妹みたいに思ってるのは分かってる。吹雪さんがお兄ちゃんのことしか興味ないのは分かってる。でも、私を、お兄ちゃんの妹じゃなくて、夕香として一瞬でも見てくれたら、私は、もっと、きっと素直に吹雪さんが好きだって、思えるのに。

「ただいまー」
 誰もいない部屋に僕の声は妙に響いてしまう。でも今日は、部屋の窓越しに彼の影を見た。彼の家の前で立ち止まった。彼を思って一日を過ごした。だから一人だった昨日より今日の方がちょっと幸せで、そのちょっとの積み重ねで僕は彼を待つ。豪炎寺くんの夢が叶うまでは大人しく、毎日カレンダーとにらめっこだ。
「ただいま、お父さんお母さんアツヤ」
 寂しくないといったら嘘になる。居もしないアツヤと食事したり晩酌したりして紛らわさなきゃ、何も喉を通らなくないくらい、心細くて堪らない。
「…あ」
 家族の写真に挨拶を済ませてふとその隣を見れば、見慣れない写真立てに入れられた写真が一枚、いつの間にか飾られている。半年くらい前に最後に豪炎寺くんの家に泊まったとき、彼と夕香ちゃんと僕、三人で撮った一枚だけの写真。