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IS  バニシングトルーパー 038-039

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stage-38 黒き英雄、闇より来たりて




 「ああ、カーウァイ大佐とゼンガー少佐、どっちも素敵で捨て難いわ……」
 「そうかな……私はレーツェル少佐の方がいいな~」
 「あれ、北村開少佐って、どこかで見たことあるような気がする」
 日曜日の朝、IS学園第一アリーナの更衣室で、数名の女子生徒は一冊の雑誌を囲んでいた。
 そのIS関連者向け雑誌のカラーページには、四名の男性の写真が載っていた。
 カーウァイ、開、ゼンガー、レーツェル。
 決めたスーツ姿をしている渋い男性たちの魅力に、少女達は黄色い歓声を上げながら議論する。

 全世界に向けて放送されたブライアン事務総長の演説により、アメリカでのイベントから三日日も経たないうちに、国連が運営する「特殊戦技教導隊」の名は世間に知り渡った。
 世間からの意見も様々。実権を持つ組織の殆どは様子見と決め込んでいるが、一般人からの支持を得るためにも、ブライアン事務総長は宣伝に力を入れている。
 まあ、十代の少女達の心を虜にしたのはブライアン事務総長にとっても、嬉しい誤算だろう。

 *

 同時刻、第一アリーナの観客席に、二人の成人女性が座っていた。
 一人は身の丈に合わない服を着てメガネをかけた一年一組副担任、山田真耶。もう一人は相変わらず無表情に腕を組んでいる一年一組担任、織斑千冬。
 二人は言葉一つ発せずにグラウンドの中で白熱化している、五機のISによるバトルを眺めていた。

 「どうした! さっさと来い!!」
 一般のISより一回り大きい青い機体――エクスバインボクサーの巨大な腕を振り回して、ゴーグル型センサーをつけた銀髪の少年は相手たちに向かって指を曲げて挑発する。
 彼の言葉に応じるように、四機のISが違う方向から一斉に彼を包囲した。

 「舐めるなよ!!」
 大型実体剣「雪片弐型」を振り翳して、真っ白なIS「白式」を纏った少年――織斑一夏が吶喊して、一直線に突っ込んでくる。
 接近戦においてクリスのエクスバインボクサーは確かに圧倒的に強いが、突進スピードではこっちの方が上。地面から飛び上がって、一夏は両手で雪片弐型を振りかぶる。

 「はあああっ!! 雪片弐型・霞斬り!!」
 「踏み込みが遅い! 生身のゼンガー少佐の方がまだ早いぞ!!」
 身を斜めにして斬撃をかわした後、ぐるりと回転してクリスはボクサーの拳にエネルギーを集中させ掌にして、一夏の無防備の腹部に思いっきり撃ちつけた。

 「吹っ飛べ!!」
 「くわああっ!!」
 物理打撃のパワーと念動力で収束したエネルギーの爆散によって、その威力に一夏は後上方に打ち上げられていく。
 しかし一息つく暇もなく、エクスバインボクサーは地面を蹴って、後ろからの攻撃を備えて側転しながら振り返る。

 「援護してくれ! ラウラ!!」
 「任せろ! 受けろ!! シュヴァルツェア・バスタァァァカノン!!」
 トォォン!!
 肩部にあるスラスターユニットを全開にして、トリコロールカラーのIS「R-1」の操縦者――隆聖が突撃し、後方から銀髪少女――ラウラが大袈裟に武器名を叫びだす。
 彼女がかけるシュヴァルツェア・レーゲンの大型レールカノンから飛び出した、対ISアーマー用特殊徹甲弾が空気を切り裂いて、クリスへ迫る。
 最近の彼女はちょっとおかしいかもしれないが、射撃の精度は相変わらず高い。

 「流石だな! G・テリトリー!!」
 左掌を前へ突き出して、クリスは重力の壁を作り出して、その攻撃を防ぐ。
 今の所、この重力の壁を直接破ったのは一夏の「零式白夜」のみ。その程度の実体砲弾など恐るるに足りん。
 案の定、ラウラが放った弾丸はG・テリトリーに直撃しても突破できずに、空を舞った。そこでクリスはすぐにG・テリトリーを解除して、迫ってくるR-1を迎撃する。

 「全力で来い! ホモ野郎!!」
 「誤解だっつったんだろう!! 食らえ、T-LINKナッコォ!!」
 「ガイスト・ナックル!!」
 ドゴォォン!!
 振って来る隆盛の念動拳を、クリスは同じ念動拳で対応する。

 「はああああ!!!」
 「うおおおおお!!!」
 裂帛の気合いを喉から迸らせ、男二人は地面に踏ん張って、拳に己の念動力を乗せて一歩も引かない。
 そしてぶつかり合った拳に篭められたエネルギーが解放され、まるで爆弾が炸裂したような音が響き、観客席まで伝わってくる震動に地面にヒビが走っていく。
 舞い上がった塵から、一機のISが飛び出して、後方へ吹っ飛ばされていく。

 「くそぁぁっ!!」
 意地の押し合いで、敗北したのは隆聖だった。
 不思議な話ではない。そもそもパワーではエクスバインボクサーの方が上だし、パイロットとしての技量も念動力の扱いもクリスの方が上だった。
 あのとき、ラウラを守るためにキレたクリスの一撃を受け止めたのは、きっと隆聖のラウラを救いたいという思いのお蔭なのだろう。

 「隆聖!!」
 「ファング・スラッシャー!!」
 嫁が殴り飛ばされたのを見て、ラウラは急いで前へ出て後ろから彼を抱きとめる。これを隙に、クリスは彼女へ十字架ブーメランを投げ飛ばし、同時にグラビトンライフルを呼び出して、空中からこっちを狙っている中国製IS「甲龍」に向けてトリガーを引いた。

 「次はお前の番だ! 鈴!!」
 「調子に乗ってんじゃないわよ!!」
 グラビトンライフルの照射を横へ移動して避けながら、鈴は肩部のユニットに内蔵した衝撃砲「龍咆」を吼えさせる。
 一夏と隆聖は接近戦をやるから負けたけど、近づかずに撃ち合いをこなして行けば勝てる。
 こっちは頭脳派だから、あのバカ共とは違うのよ!

 ドドドォォン!!
 目視できない大量の砲弾が雨のように降り、エクスバインボクサーへ襲い掛かる。それを丁寧な足運びで回避しつつ、グラビトンライフルで反撃する。
 確かに砲弾は見えないが、発射する時には音がある。それだけで、T-LINKシステムの補助を受けているクリスは今まで観察した経験を頼りに、簡単に回避できる。
 そして挑発的に口元を吊り上げて、鈴に向かって声を出さずに唇を動かし、呟いた。

 ――ひんぬー、と。  

 「こ、殺すわよあんた!!」
 だれよりもその単語に敏感な鈴はすぐに激怒して、鬼面相で双天牙月を構えて距離を詰めてきた。

 「ふんっ、精神的弱みを突かれるとすぐに冷静さを失う。致命的な弱点だな」
 「俺を忘れるなよ!!」
 そんな時に、一夏ももう一度突っ込んでくる。
 瞬間加速(イグニション・ブースト)を使った今回の突撃は、前回より断然早い。しかしその直線的な動き故に、読み易くてこの上ない。
 だが意外にもクリスが選んだ行動は、すぐに回避することではなかった。

 「念動集中!!」
 ボクサーの右腕を振り上げて、その拳をエネルギーで包んで高速回転させ、そして全力で、クリスは足元の地面に撃ち込んだ。

 「ガイア、クラッシャァァァー!!」
 「なにっ!!」 
 もちろん、この一撃で大地から岩の刺が迫り出ることはなかった。クリスの一撃で出来たのは、せいぜい大地を揺らして塵の煙幕を作り出すことだった。