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IS  バニシングトルーパー 038-039

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 だが、それで十分だった。煙幕の奥に消えたクリスに向かって一直線に突っ込んだ一夏は突きを放つが、そこに既にクリスは居なかった。
 そして煙から出てきた一夏の体と腕は、既に細い糸が巻かれて自由を奪われた。
 クリスが愛用している拘束武器「チャクラム・シューター」のワイヤーだった。

 「来い!!!」
 晴れた煙の中から現れたクリスはそのワイヤーをボクサーの腕で引っ張って、一夏は抵抗できずにエクスバインボクサーに後ろから掴まれ、前へ突き出される。
 丁度正面から、クリスの無防備を背中を狙った鈴の連続砲撃が鼻の先まで迫ってきた。

 「うわっ、うわあああああ鈴お前!!!」
 全身を襲う猛烈な衝撃の中、一夏は悲鳴を上げた。
 そしてイチカ・シールドで攻勢を凌げたクリスは、白式の背中を掴んで上空――鈴の方向へ投げ飛ばしたあと、スラスターを噴かして地面を蹴り、空へ飛翔した。

 「友情合体! イチカ・カタバルト・キィィィィク!!」
 「ふざけんな!! どの辺に友情があるんだ!!!」
 「ひゃあああああ!!」
 ドカァァァン!!
 前上方へ放ったエクスバインボクサーの高速キックはまず一夏の背中を、続いて鈴も命中して、そしてそのままアリーナのバリアにぶつけ、二人は大ダメージを食らって地面へ落ちていく。

 「ブーステッド・ライホゥ!!」
 背後から、R-1のブーステッドライフルの銃撃音が聞こえてくる。
 その音は、三点バーストモードのものだった。素早く横へ移動して回避しながら振り返って、クリスは眉を顰めて唾を飲み込み、エクスバインボクサーの拳を握り直して再び隆聖&ラウラコンビへ立ち向かった。
 一対四では、体力と集中力の消耗はいつもより遥かに激しい。
 だが、この程度で弱音を吐く様ではあの男たち――カーウァイ大佐たちには永遠に追いつけない。
 第三の凶鳥のロールアウトは近い。だが今の実力では、機体性能に頼って戦うような操縦者になってしまう。
 それは自分の存在意義を否定したのと同義だ。あってはならないことだ。
 だから、もっと強くなりたい。
 与えられた役割を果たすためにも、あの子を守るためにも。


 *


 「ふんっ、思ったよりはやるな」
 一対四で互角に戦っているクリスを眺めて、観客席にいる千冬は感心したように頷いた。
 ちょっとセコイ手を使っている気もするが、一対四でも優位に立ち回れる時点で、十分に賞賛に値する戦闘能力だ。
 本気を出したら、あの生徒会長とも互角に戦える……いや、上まで行くかもしれない。
 まあ、一夏や他のガキ共にとって良い刺激になってくれるといいが。
 そういえば、色々と指導とかの仕事もあいつに押し付けていたな。
 社会経験が豊富だからか、彼に任せば何とかしてくれるって感じがするから、ついつい同年代みたいに扱ってしまう。
 頼りにしているってことだろうか。
 機会があれば、飯でも奢ってやるか。

 「そうですね。やはり学園外のイベントでいい刺激を受けたのでしょうか」
 メガネを押し上げて隣の千冬の横顔を眺めながら、山田真耶は素直な感想を述べた。

 「……かもな」
 適当に相槌を撃ちつつ、重要な問題を思い出した千冬は眉を顰めた。
 そうだ、学園外だ。臨海学校だ。

 ――じゃ俺が勝ったら、臨海学校の時に先生はこの水着を着てくださいよ。
 珈琲豆と一緒に露出度の高いV型水着を差し出しながら、そんなセリフを口にした少年の爽やかな笑顔が頭を過ぎる。
 困るな。このまま勝ってもらっては。
 激しく動いたらすぐに見られるレベルだぞ、あれは。
 そもそもその……もう海とかではしゃぐ年頃でもないし、あの水着を着たら、デュノアとオルコット、あとあのガーシュタイン家のお嬢さんから敵視されるのは目に見えている。
 というより、私に水着を勧める前に、その複雑そうな女性関係をなんとかしろ。 

 「ハァ……」
 グラウンドの中で、相手の最後一人――ラウラを追い詰めているクリスの後姿を眺めながら、千冬は複雑そうな顔でため息をついたのだった。


 *


 時間を十時間ほど飛ばす。
 北京時間19:00、中国吉林省白山市郊外。
 市内から遠く離れた山奥で、暗くて路面状況の悪い、両脇を森で固められた山道を、一台の車が疾走する。
 低く唸るエンジン音が虫の音をかき消して響き渡り、ヘッドライトの明かりがやや湿っぽい道に染み込んで行く。
 そのあまりにも悪い道状況に、白黒ツートンカラーの車体に擦り傷が増えていくが、車はそれをかまわずにさらに加速する。
 まるで、追ってくる何かから逃げているように。

 車の中には、二人が乗っていた。
 運転席にてハンドルを握って、真剣な表情で高速運転に集中しているのは三十前後の若い男一人。
 赤茶色の髪に、まるで歴戦の戦士のような、どこか頼りになる感じがする顔立ち。慣れた手付きで車の車体損傷を最低限に止めておきながらも、最短時間でこの山道を抜けていく。
 そして隣の助手席に座り、必死にアシストグリップにしがみ付いているのは、四十代前半の中年男一人だった。
 青味のかかった髪に雄々しく生え揃った顎髭、そして知性の光を湛えた瞳。眉の間に皺を寄せて手に汗を握り、彼は腕にある時計へ目をやり、渇いた喉を軽く鳴らした。

 ――なぜ、こんなことになってしまった。
 そう、彼は自分に問いかけずには居られなかった。

 理想と信念を持って組織に入ったはずだ。
 なのに、なぜ組織の暴走を止められなかった。
 挙句の果てに、こうして逃亡を強いられている。
 あのままでは、この星は外敵に奪われる前に、人類自らの手によって潰えてしまう。
 ……マイヤーよ。学者風情が、ザマ見ろと、思いっきり嘲笑ってくれ。

 「チッ! 邪気が来たか!!」
 突如に、運転をしている男は本能的に追手の接近に気付いたか、そんなセリフを口に走った。同時に素早くハンドルを切って、車体を斜めにして左へ寄せた。
 直後に、上空から一発の砲弾がさっき車が居た地面に命中して、炸裂した。

 運転している男が片手でサイドミラーの角度を調整して、後ろの上空を観察すると、そこに赤い光を放つ機影一つが映し出されていた。
 あれは紛れもなく、現時点での最強クラス機動兵器――ISのものだ。

 「……合流地点まであと少し。しっかり掴まってください」
 「ああ。私のことは気にするな。これでも体は頑丈の方だ」
 シフトノブに手をかけながら、地図画面を一瞥した若い男に余裕のない声で話しをかけられ、中年男は冷静な表情で返事を返した。

 「気を付けろ。相手はISだぞ」
 「だからこそ焦ってはいけませんし、絶望もしちゃいませんよ。……少佐は、必ず来ます」
 どこか誇らしげに、若き運転手は強張った顔に僅かな笑みが浮かべて、アクセルペダルを踏んでハンドルを右へ切った。

 ドン!
 車両後部を狙った狙撃を、若い男はまるで先読みしたかのように、容易く避けた。僅かな震動が二人に伝わり、車自体は無傷だった。
 すると、上空からさらに大量の弾丸が乱発的に次々と降り注いでくる。
 車相手に二発も攻撃が外れて、ISのパイロットは恐らく焦っているのだろう。