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IS  バニシングトルーパー 050

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stage-50 明日のキモチ 後編





 

 「いいか、祐。童帝とは、誰よりも孤高に、誰よりも誇り高く、純潔の臨界を極めたもののことだ。その意味……分かるか?」 
 沈んでいく夕日、オレンジ色に染また空と海。
 夕暮れの港で、あの人を見送る時の思い出だった。
 あの筋肉隆々の体を眺めながら、自分は拳を握り、唇を噛み締めるくらいしかできなかった。

 「神に見捨てられた男たちの思いを、誰かが受け止めねばならない。それを最後までやり遂げたかったのだがな」
 頭につけていた緑色のバンダナをするりと外して、彼は差し出してきた。

 「今日からお前が三代目だ。皆の思いを、お前が背負え」
 「はい!!」
 緑色のバンダナを受け取ると、彼は手を振り、潮風と共に去って行った。
 腰を痛めたお袋さんのいる田舎に戻るために。
 覚悟が報われることなく、生き様を称賛されることもない。残されたのは帝王の証である緑色のバンダナと、その気高き矜持のみ。
 三代目として生きていく決意を固めた瞬間の記憶であった。 
 ………………。
 …………。 
 …… 。


 「陛下! 駆動系に異常が発生したとの報告と、ステキャンを入力するとOSがフリーズするバグを発見したとの報告が!!」
 「動力パイプを交換しろ! ステキャンはどうせ使えないから諦めろ!!」
 「イエス、ユア・マジェスティ!!」

 第四格納庫の中、Dの一族は第三代童帝、タスク・D・シングウジの指揮下で、整備班汎用決戦兵器「ジガンスクード」の出撃作業を急いでいた。
 外部電源と接続してんなら、ギガ・ワイドブラスターも撃てるんじゃねえ? と充電中に軽く動かしてみたら、機体強度がビーム砲の出力に耐え切れず、問題が次々と発生してしまい、今は全力修復中である。 
 だが、諦めたものは誰一人いない。
 正直、何がしたいのか、誰のためにこんなことをしているのかなんてもうどうでもいい。
 例え虚しい結末が待っていようと、ここで手を止めるわけには行かない。 
 これは、自分たちを愛してくれない神への抗いである。

 「陛下! 外部スピーカーにも変な故障が!!」
 「分かった、今行く!!」
 しかしどうやら今夜に出撃するのは、もう無理のようだ。




 *





 一方この頃、ターゲットとされている男――クリスはベランダでチェアに腰掛けて、満天の星空を見上げていた。
 シャルの包丁を引き払い、セシリアの料理残骸を片付けて、三人で飯を食べて、順番にシャワーを浴びた。
 そしていきなり遊びに来られて何の準備もしてないから、ベッドをセシリアに譲った。書房で寝ることにしたが、中々寝付けなくて、いっそアイスを持ってベランダに出てみた。
 今頃、セシリアはシャルとあのセミダブルベッドで熟睡しているのだろう。

 カップからアイスを一口掬って、口に運ぶと、濃厚なミルクの味わいが口腔の中に広がっていく。スプーンを口に咥えたまま携帯のディスプレイを一瞥して、時間は既に日付が変わる直前。
 夏の夜に、ベランダでアイスを食べながら 夜空を見てぼーとするのも、オツなものだ。

 ガラガラと、いきなり背後からガラス扉の開く小さな音が聞こえた。
 続いて素足が床を踏む音が響き、白いワイシャツ一枚というセクシーな姿をしているセシリアがクリスの視野に現れた。

 「こんばんわ、クリスさん」
 ベランダの扉を閉じて、セシリアはクリスの隣のチェアに座った。淡い微笑みを浮べて、静かな声で話しかけた。
 その姿を一目見た後、クリスは無言に目を逸らした。
 わざとなのか、大きく開いたワイシャツの胸元から覗ける魅惑な谷間や、シャツの裾から伸びる真っ白な足。月明りの下で見ると、また一段と色っぽく見える。
 年頃の男には刺激が強すぎる光景だ。 

 因みになぜワイシャツ姿と言うと、それはセシリアが持参してきた黒いベビードールの透明感が高いすぎて、シャルによって却下されたのである。
 しかしヘアバンドも縦ロールを装着してないセシリアは、微妙に別人みたいでちょっと新鮮だった。
 部屋の中を覗いてみると、シャルはベッドの半分を占有して静かに眠っている。テストの仕事で疲れているのだろう。

 「どうした? やっぱベッドが狭いと眠れないとか?」
 セシリアの家ってかなりの金持ちだから、毎日天蓋付きのお姫様ベッドを使ってるのがイメージ。ここの小さなベッド、しかもシャルと一緒なら、眠れないのも仕方ないかもしれない。

 「いいえ。ただその……ちょっとクリスさんと話したくて」
 クリスの横顔を見て、セシリアは照れくさそうに脚をちょっとばたばたさせる。
 一人で長い旅してここまで来て、疲れてるだろうに。

 「悪いな、何の準備もしてなくて。事前に連絡してくれればよかったのに」
 「ちゃんと手紙を出したのではありませんか~」 
 「メールか電話にしてくれ」
 セシリアの持論によると、いつまで電子製品と向き合っていては、人間はダメになるらしい。だから思いを込めて手紙を書くことにしたけど、生憎クリスの観念では紙媒体での連絡=優先度低いもの=手が空いた時にチェックすればいい。だから、セシリアの手紙が届いたかどうかすら覚えてない。

 「そういや一週間ぶりだったな。元気だった?」
 「そうですわね……クリスさんが全然連絡してくれませんから、忘れられたかと思いまして、寂しかったのです」
 世間話をするつもりで適当に聞いてみると、返ってきたのはセシリアの不満に満ちた言葉だった。

 「いや、その……仕事が忙しくて。まだ一週間だし、そろそろ連絡しようって思ってたんだよ」
 「言い訳は結構です。どうせ四六時中にシャルロットさんとイチャイチャして、わたくしのことなんて」
 「……」
 「あっ、図星ですね?! 酷いです!!」
 「違うって。えっと……アイス食べる? 冷蔵庫にまだあるけど」
 話題を逸らそうと、クリスは自分のアイスクリームをセシリアに見せた。
 難しそうな表情でクリスの顔と彼の食べかけのアイスを交差して見た後、セシリアは目を瞑って口を突き出した。
 その開いた唇から覗く白い歯と赤い舌が妙に官能的に見えて、それが自分のアイスクリームを所望しているだと理解するには、数十秒の時間を要した。
 こんな夜中に、ワイシャツ一枚のセクシー美少女が目を瞑り、こっちに向けて口を開いてる。動揺しない男がいるのか? いや、いるわけがない。
 よって自分は無罪のはずだ。 

 「クリスさんの無関心さに深く傷付いてますから、心のケアを要求してもいいはずです」
 もっともらしい理屈で、セシリアはクリスを催促した。
 しかし、スプーンを握っているクリスの手が動かない。いまさら間接キスとか気にするほど純情じゃないけど、微妙に気が引ける。
 するとセシリアはいきなり目を開いて、怒ったような目で睨みつけてくる。

 「わたくしの胸を触りましたくせに~!!」
 「ああっ、わかった! わかったから大声を出すな!!」
 慌ててスプーンでアイスを一口掬って、セシリアの口元まで運んだ。
 そして差し出されたスプーンに乗ったアイスを口に含むと、セシリアは満足した子供のような笑顔を見せた。