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IS  バニシングトルーパー 050

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 「セシリアも逞しくなったもんだな……」
 大きなため息を吐き、クリスは後ろめたさに、視線を後ろへ向ける。
 いや、別にアイスを食べさせたくらいで罪悪感とか感じるほどじゃないけど、シャルって嫉妬心強くて、怒ると人の話を聞かない子だからな。
 しかし暗い部屋中の光景が目に入った瞬間、ある意味期待通りの光景が目に入った。
 いつの間にか目が覚めたシャルは、ガラス扉の向こうからジト目でこっちを睨んでいた。

 「な、なにしてるの?」
 起きたばかりなのか、シャルはふらふらとした足取りでベランダに出て、寝ぼけた声で呟きながらクリスの膝の上に腰を下した。

 「一人だけアイス……ずるい……」
 寝言のように呟きながら、シャルはクリスの胸に顔を埋めて、たちまち寝息を立て始めた。
 意識がぼんやりとしていたようだ。無意識のうち本能的にクリスの元に来たのだろう。セシリアの存在すら気付かなかったらしい。

 「やれやれ。危うくまた叩かれるところだったな」
 半ば溶けたアイスを地面に置いて、クリスはシャルの体が落ちないように、片腕を彼女の背中に回した。
 腕をくすぐる柔らかな金髪、鼻をくすぐる甘い匂い、薄地の寝間着を通して感じられる心地よい体温、そして胸にかかる規則正しい吐息。
 この抱き心地こそシャルだ。別に胸のサイズが負けたくらいで、気にする必要なんて全然ないと思うぞ。

 「でもシャルロットさんはどうして、クリスさんだけを叩いたのでしょう」
 少し不思議そうなに首を傾げて、セシリアはシャルの寝顔を覗き込む。

 「セシリアを叩いたら、俺に嫌われるから……と思ってるじゃないかな」
 「あら、それはクリスさんがわたくしの味方だということかしら?」
 チェアを近づけて、セシリアはクリスの腕に絡んできた。挑発的な目でクリスの顔を見て、その豊満な胸をムニュッと潰れるほどに、強く押しつけてきた。
 さらに悪戯をするように、クリスの首に息を吹きかけてみると、彼の体が僅かに震えたのを感じ取った。
 ブラジャーしてないセシリアの胸とクリスの腕との間には、薄い布一枚だけ。ワイシャツ越しにセシリアの柔らかさと温かさと共に、心臓の高鳴りも伝わってくる。

 「ねえ、クリスさんはご存知です?」
 「……な、何を?」
 頭をクリスの肩に預けて、セシリアは艶っぽい声で囁き、彼の胸板を指でなぞる。

 「自分の胸を触った最初の異性と、一生を共にしないといけません。オルコット家の家訓ですわ」
 「それ嘘だろう」
 「嘘ではありませんよ。わたくしが当主ですから、わたくしの言葉が家訓になるのです」
 「適当だなおい」
 呆れたような笑顔を浮かべて、クリスはセシリアの目を見る。
 その綺麗な瞳には嬉しさ半分、寂しさ半分といった感じの光りが湛えていた。

 「ねえ、クリスさんはわたくしのこと、一体どう思ってますの?」
 クリスの瞳を捉えたまま、セシリアは場の雰囲気に乗って、切なげな声でそう問いかけた。

 「……可愛いと思ってるよ」
 「またそんな誤魔化しを~!」
 「じゃ俺からも聞くけど、セシリアは俺のことをどう思ってる?」
 「好きです」
 一瞬も躊躇わずに、セシリアは当然のように即答した。 
 既に一度口にした言葉だから、二度目も簡単に言えた。

 「クリスさんのことが好きです。いつも強くて優しくて、わたくしを助けてくれるクリスさんのことが……好きです」
 「ありがとう。でも俺、セシリアが想像しているような男じゃないよ」
 素直に告白したセシリアの瞳から視線を逸らして、クリスは軽く気を遣うように笑う。

 「服や食事、居場所を手に入れるだけで精一杯。ISも私物じゃなくて会社のもので、どれほど強力でも、所詮は俺は必死に仕事して、生きることで手一杯なんだよ」
 元々放浪していたのに、今の位置まで上ってきたのは幸運。でもそれ以外にできることはなく、他に生きる術もない。
 貴族の家で育ったセシリアが思い描いたヒーローとは、まったく違う人間だ。

 「それに俺、メンタル面が弱いんだ。セシリアが俺に幻滅して嫌いになったら、きっと凄く辛い思いをすると思って、深入りさせないようにしてたんだ。勝手でしょう?」
 申し訳ないような、自嘲するような笑顔を浮べて、クリスはそう言った。
 理想を演じ続けるよりさっさと現実を見せた方が、彼女のためになると思った。

 「知ってますわよ、そんなこと」
 何をいまさら、といった表情で、セシリアはフッと笑った。
 自分はこれでも社交界に出入りする女、現実というものはそこそこ知っているつもりです。いつまでも騙されやすい世間知らずのお嬢様だと勘違いしてもらっては、困りますわね。

 「クリスさんはいつも自分勝手で、スケコマシで、性格が歪んでて、真面目ぶってるくせに実はムッツリスゲベで、女の子なら誰でもいいということくらい、分かってましたの」
 「……おい、最後のは訂正しろよ」
 「ですから、幻滅なんてしません。クリスさんが好きという今の気持ちは、きっと明日になっても変わりません。増えていくだけです」
 出合った頃、変な方向に思い詰めた自分の肩の力を抜いてくれた時から、気になってた。
 何も教えてくれなくても、ちゃんと見てくれて、言葉を聞いてくれた。危機の時はいつも心配してくれて、助けてくれた。ミルクティーの好みも、覚えてくれた。
 そんな彼に惹かれるのは、女として極めて自然なことだと思う。

 「女の子は、ピンチの時に現れてくれる王子様に弱いものです」
 「王子様言うな。背中が痒くなる」
 「あら、シャルロットさんもきっとそう思ってるはずですわよ?」
 少し羨ましそうな目で、セシリアはクリスの胸板で寝ているシャルを眺める。
 呼吸に合わせて体が小さくし動くシャルの寝顔は、眠り姫という言葉こそが今の彼女にぴったりだと思わせるほどの、無邪気でキュートなものだった。

 「答えてください、クリスさん。わたくしのこと、好きですか?」
 「……シャルを裏切ることはできない」
 少しだけ邪悪な微笑を浮べて、セシリアはクリスの目を捉えてそう問いかけると、クリスは目を逸らしてそう返事した。
 セシリアについて、少し勘違いしていたことは認める。自分は彼女の気持ちをちゃんと理解していなかった。けどそれでも、自分にはシャルがいる。
 しかし彼の言葉を聞いたセシリアは悲しむ素振りを見せることなく、逆にどこか嬉しそうだった。

 「今の返事で確信しました。クリスさんはわたくしのこと、好きですわよね?」
 だから、正面から答えることを避けた。抱き付く時もキスする時も逃げなかった。自分のことが好きでも、シャルロットさんを裏切るのが嫌だから、受け入れられないだけだ。

 「……セシリアをシャル以上の存在として扱うのは無理だよ」
 自分の中には、セシリアが好きだという気持ちが確かにあった。
 純粋で芯が強くて、ちょっと意地っ張りだけど優しい彼女が期待しているような男に、なりたいと思っていた。
 でもシャルは自分の母親があんな立場だったから、裏切るようなことをされたら絶対に泣くところじゃ済まない。
 
 「別にそんなことを望んでいませんわ」