二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

雪割草

INDEX|166ページ/206ページ|

次のページ前のページ
 

〈77〉心の病



弥七の睡眠薬が効いたようだった。
朝方になるまで一度も目は覚めなかった。
悪夢にうなされてではなく、自然に眼が開いた。
霞む眼に、不安そうな男の表情が眼に入った。

「…大丈夫、か?」

とその男は恐る恐る声をかけてきた。

「す…?」

「そうだ!俺だ、助三郎だ!」

嬉しそうな助三郎の笑顔だった。



あ、助三郎さま笑ってる。怒ってない。
わたし…。


知らないうちに手が延びようとしていた。


ハッと我に返った。
いかん、要らん事考えたらダメだ。これは幻だ。目の錯覚だ。
こいつに手が触れたが最後、にらまれ跳ねのけられる。

直ぐに眼を逸らし、手を引っ込めふとんを引っ被った。


「格さん…。」

「……。」

「格さん…。話を聞いてくれ。お願いだ。」

「…近寄るな、来るな。…あっちに行け。」

「なんで?なぁ…。頼む、話を…。」

「…お前が行かないなら、俺が行く。」
かぶっていた布団を跳ねのけ、その場を立ち去った。

「早苗…。」




ほんの少しだけ救われた思いを抱いた助三郎は、すぐにどん底に突き落とされた。

一瞬だったが、睨まずに俺を見てくれた。手を差し出してくれた。
想いが通じたかと思ったのに…。元に戻ってくれたと思ったのに…。
何も変わっていなかった。









その日の夕方、何時もの日課で、由紀とお銀と早苗について相談していた新助は、助三郎に呼び出された。

「なんですか?」

「…ちょっと付き合ってくれ。」

「はい?」

新助が連れて行かれたのは居酒屋だった。
しかし、誘った当人の助三郎はほとんど口をきかず、黙りこくったままだった。
仕方がないので、新助が口火を切った。

「助さん、元気ないですね…。」

「もう、疲れた…。」

「大丈夫ですか?」

「俺もうダメかも知れん…。」

「どうしてです?」

「おかしいだろ?早苗、最近。」

「はい…。」

助さん鈍感だから言っちゃいけないこと言って、傷付いたんじゃないかってのが、弥七さんとおいらの推理だけど…。

「…あれは俺のせいだと思う。冗談半分で変なこと言っちまった。
いつもなら『ひどい!』とか早苗が言ってお互い笑って済んだはずなのに…。
あんなになるとは思わなかった。」


考えは合ってた。
何か言ったんだ。聞きださないと。これからの対策に役立てないと。

「…なんて、言ったんですか?」

慎重に聞きだした。

「…男同士で、結婚はイヤだ、気持ち悪いって…。他にも何か言った…酔ってたからあんまり覚えてないが…ほんと馬鹿だ俺は…。」

そう言うと、強くもないのに運ばれてきた酒を水を飲むかのようにあおり始めた。

「助さん、あんまり飲むと…。」

「酔わせてくれ。酔ってイヤなこと何もかも忘れたい。俺なんかボロボロになればいいんだ…。」


みんな、助さんが悪いって言ってたけど、助さんも相当思いつめてる。
でも、この人本当に鈍感だ。まだ早苗さんの精神がおかしくなりつつあることに気づいていない。格さんのままの早苗さんは、心の中で涙を枯らすまで泣いたはず。
いまは涙を流す代りに、どんどん心が蝕まれている。
このままだと早苗さんはおかしくなる。
もちろん、助さんも…。








その頃、宿では夕餉の時間になったが、助三郎と新助の姿がなかった。
一先ずその場にいるもので先に済ませた。
しかし、二人は夜が更けても帰って来なかったので先に休んでもらった。


何時もの通り寝られない早苗は、昨晩大事な話があると人ではない者が言ってたのを思い出し、呼びだして話を聞いた。

『 オマエ クルシイ ダロ ツライ ダロ?』

あぁ。辛い、苦しい…。

『 コッチニ ワレラノ セカイニ コナイカ? ミンナ マッテル オマエヲ カンゲイスル 』

こっちって?

『 タノシイ トコロダ ナニモ カンガエナクテ イイ ラクナ バジョダ 』

そんな場所があるのか?

『 アァ アル コナイカ? 』

どうやって行くんだ?

『 オマエガ イクナラ オシエテ ヤル カンタン ダゾ 』

そうか、ちょっと、考えておく。

『 ワカッタ マタ クル 』


それが姿を消すと間もなく、物音が聞こえ、新助に支えられた助三郎が部屋に入ってきた。


「…いったい何があったんだ!?」

助三郎は顔が腫れ、口を切ったらしく血が出ていた。
髪も着物も乱れていた。

泥酔の彼からは返事がなかった。代わりに新助が弁明した。

「…酔ってゴロツキとケンカしちゃって。」

「どうしてこんなになるまで止めなかった?一緒にいたんだろ?」

「ごめんなさい。どうにもこうにも。」

いきなり助三郎が口を開いた。

「…大丈夫だ!追っかけては来ない。ハハハ。俺が負けてやったからな!金も持ってかれた。すっからかんだ!ハッハッハッハ!」

「……。」

早苗は何も言わず、部屋から去ろうとした。

「…叱らないのか?」

「……。」

「…何とか言ってくれよ。…前みたいに怒ってくれよ。…説教してくれよ。早苗。」

「…誰が早苗だ。世迷い言言ってないで早く寝ろ。」

「…頼むから、前のお前に戻ってくれ。」

そう言うと泥酔状態の助三郎は、早苗にしがみ付いた。
しかし彼女はものすごい勢いで拒絶した。

「触れるな!!!」

「なんで…俺が、嫌いか?」

「お前こそ俺が嫌いだろ、憎いだろ、うっとおしいだろ!?無理して俺に触れるんじゃない!!!」

「そんなことない、早苗!」

尚もすがりつこうとした助三郎を早苗は巴投げした。

「いい加減にしろ!」

酒で判断が鈍くなっていたせいか彼はあっさりと投げ飛ばされた。
畳にだらしなく這いつくばり、一人笑い始めた。

「…痛いなぁ。ハハハ、やっぱりお前にはかなわんか。情けないなぁ。ハハハハ。」

「頭打っておかしくなったみたいだな。…勝手に一人で笑ってろ。」

「ハハハ…ハハ。クッ…。」

なにがおかしいのか笑いつづける助三郎を無視し、新助に飲酒代の詳細を問い詰めた。

「新助、酒代は全部こいつが払ったのか?」

「はい。ツケはありません。ちょっと足りなかったので、おいらの財布から出しましたが。」

「迷惑かけたな。あいつの録から引いてちゃんと返すからな。」

「そんなこといいですよ。おいらも飲んだんで。」


その時、助三郎は笑うのをやめ、怒り始めた。

「渥美!」

突然今の自分の苗字を呼び捨てにされて驚いた。

「…今は町人だ。それを口にするな。」

「苗字で呼ぶんなら、俺の話聞いてくれるんだな?」

「……。」

無駄に口をきいてしまった…。

「おい渥美、一人で怒ってないで、無視しないではっきり言えよ!俺のせいだろ!?
人間のクズの。大バカ野郎で出来損ないの俺が悪いんだろ!」

「は?なに一人でわけのわからん事ワメいてる?」

「格之進、本当の事言えよ!ちゃんと言ってくれよ!なぁ!」

「…お前に言うことはなにもない。」

言えない。絶対に…。

「なぁ、頼むから…お願いだから…前のお前に戻ってくれ。俺の好きな早苗に戻ってくれ…。」

「…なに訳の分からんことほざいてる?」
作品名:雪割草 作家名:喜世