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雪割草

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「どうしたらいいんだ。教えてくれよ…どうしたら機嫌治してくれる?元のお前に戻ってくれる?何でもするから!」

無理。戻れるわけがない。
…もしも方法があるのなら、俺のほうが知りたい。
いや、戻る意味はない。戻っても何も変わらない。

「…お前、馬鹿か。もう夜中だぞ。一人で騒ぐんじゃない、酔っ払いが。」

背を向けて、ほおって部屋を後にしようとした途端、

「早苗。戻って来てくれ…。俺を一人にしないでくれ。早苗!!!」

助三郎は形振り構わず突っ伏して、声を出して大泣きしはじめた。



この様子に、さすがに早苗は驚いた。
子どものときのあの日以来、彼が泣いているのは一度も見たことがなかった。
しかし、自分にできること、することはなにもない。

「…新助、ありがとうもういい。休め。」

「大丈夫ですか?格さん?」

「…気にするな。こんな酔っ払いほかっとけ。」



二人を残して部屋を出た。
まだ泣きじゃくる声が聞こえてきた。


その泣き声を聞かないように注意しながら、縁側に座って空を眺めた。
どんよりと曇った空だった。


なんでそんなに泣くんだ?
お前は早苗なんか嫌いだろう?
俺は男だ…。
早く諦めないと。
早くあの人を忘れるんだ。
俺はあいつに嫌われてるんだから。

ふと気付くと、頬を伝うものがあった。

…涙か?
この身体だと出にくいはずなのに。
今まで出なかったのに。


涙は止まることなく、次から次へと流れ落ちて行った。



「どうしたの!?大丈夫?」

寝ていたはずの由紀が起きてきた。

「あのバカのせいで起きたか?気にするな…目にゴミが…。」

とたん、涙が激しくなった。
嗚咽まででてきた。

「…大丈夫?」

「…格好悪いな、男の、癖にこんなに、泣いて。みっともない。」

「…泣きたかったら泣けばいいわ。我慢すると良くない。」

由紀が慰めに傍に寄って来てくれた。
思わず思っていたことをぶちまけた。

「…俺は居たらいけないよな。あいつの近くにいたらいけないよな。」

「そんなことない!そんなこと絶対にないから!」

「…離れたいのに。離れられない。どうしても近寄りたくなる。近寄ったらいけないのに。」

「無理しないで。もう終りにして。ね?」

由紀に優しく抱きしめられた。

「もうダメだ…。俺はもうダメだ…。男になれない、女でも居られない。迷惑ばかりかけている。もう…。」

「戻れるから。女の子の早苗に絶対戻れるから。あきらめちゃダメ!」

たまらず由紀の腕のなかで思いっきり泣いた。
しかし、抱きしめてくれる由紀の柔らかさに失った自分の元の姿が重なり、余計つらくなった。

こんな綺麗な、柔らかい身体のままだったら、少しは救われたかも。
筋肉がついた、ゴツくて固い、大きい男の身体なんてもうイヤ。
もう、限界…。



泣きつづけるうちに、いつしか涙は枯れてしまったようだった。
全く出なくなった。
心なしか少し落ち着いた。

「…もう平気?寝たほうがいいわ。またおかしくなっちゃうから…。」

「ありがとう、由紀。スッキリした…。」

礼を言い別れた。
後姿を見送ったが、何の感情もわかなかった。
やっぱり、男になれていない。女の子を恋愛対象として見られない。
欲求の対象にもならない。
…なにも変えられなかった。




早苗はその夜も一睡もできなかった。
一晩中考え、決心がついた。


あの人たちの所へ連れてってもらおう。


人ではない者に早速その意思を伝えると、とても喜んだ。
行き方を教わり、少し驚いた。
しかし、この場所にいる方が数倍苦痛なので、彼らの話を完全に受け入れた。
そのおかげか、何時になくスッキリした朝だった。


しかし、ふと気付くと、助三郎の近くで、寝顔をぼんやりと眺めていた。
彼の顔には泣き腫らした跡と涙の跡が見えた。



邪魔ものは明日消えるから、お前はちゃんとまともに、幸せになるんだ。
早苗なんか探すんじゃない。
可愛い優しい良い女の子絶対見つけるんだ。


助三郎の眼が開いた。
とっさに早苗は目を逸らし、その場を去ろうとした。
しかし、呼びかけられ足が止まった。

「…格さん。」

「起きたか?」

「迷惑かけたみたいですまなかった。これからは気をつける。」

「わかった。」

「…早苗。…あの。」

「いい加減覚えろよ。俺は格之進だ…。早くしろ、朝飯だ。」


今日、明日くらいは怒鳴りたくない。
穏やかに過ごしたい。






その日も宿を移動することはなかったので、暇だった。
早苗は身の回りの整理のため、荷物をひっくり返した。
女の時の持ち物の中から一つだけ残し、今の自分に不必要な物をすべて取り出した。
綺麗な帯や簪、髪紐をすべて燃やそうと思ったが、それでは何の罪もない道具が可哀想。
そこで、質屋に全て売り払うことにした。


主に外出許可を乞いに行った。

「ご隠居、ちょっと出かけてきます。よろしいですか?」

「何の用事じゃ?」

「買い物でもと思いまして。」

「気分転換してきなさい。行ってよろしい。」

「ありがとうございます。」

光圀は訝しげな顔をしたが外出を許可した。


早苗はすぐに質屋へ行き、小物を売った。
男が女の物を持ってきたので変な顔をされたが何も問われなかった。
結構物が良かったらしく、懐に金が幾らか帰ってきた。

その金で、呉服屋に足を運び、反物の色を告げた。
どうしても欲しい、着たい着物があった。

しかし、呉服屋の手代は早苗の意に反する、見たくもない綺麗な方をいくつも持って来た。
明るく楽しい希望に満ち溢れた聞きたくもない話を勝手にしはじめ、うんざりした。
とうとう耐えかね、反物の用途をはっきり言うと、当の手代はおろか店中の者総出で平身低頭謝られた。
そこでお詫びにと、望みの反物をタダ同然の値で安く売ってもらった。



次にその足で仕立て屋に向かった。
さすがに仕立て屋は反物を見たとたん、用途がわかったようだった。
最初は神妙に話を聞いていたが、着る者が目の前にいるとわかったとたん青ざめた。
穏やかな口調で、大まかに事情を説明した。
すると恐る恐る、早苗の寸法を図った。

帰りがけに、明日の昼までに頼むと告げると、青かった仕立て屋はさらに真っ青になった。


そして帰り道、神社にお守りを納めた。
由紀とお揃いの、京の清水で買った縁結びのお守り。

効くことは遂になかった。今の自分には無用の長物。
由紀の幸せ、新助、兄平太郎、そして助三郎の良縁を心から願い、神社を後にした。




すべき準備はすべて終わった。
明日、楽になろう。
みんなも楽になる。
連れてってもらおう、楽な楽しい何も考えなくて済む場所へ…。








一方、早苗が出かけて行くとすぐに光圀が召集をかけ、助三郎以外が全員集められた。

「早苗がおかしい原因がわかった。」

「なんですか?」

「早苗は心の病気。本当にダメになる一歩手前じゃ。」

「治せないんですか?」

「…助さん以外に治す事はできん。だから助さんに任せる。しかし、早く取りかからないと危ない。今から、脅しをかけようと思う。もし早苗が帰ってきたら引き留めるのじゃ。
作品名:雪割草 作家名:喜世