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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー第二部

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第六章 発病



<一>


 風をはらんだ帆がバタバタと音を立て、航海の順調を教えてくれていた。
 時が止まったかのようだった海と空だけの世界に、ゆっくりと夕日の色が溶け出していく。ザラからケルンテンへ向かう定期船の甲板で、カペルはその変化をぼんやりと眺めていた。
 昼は日差しが強かったが、今は涼しげな潮風がそよぎ始めている。
 ミルシェさんは美容のためにと甲板には出てこないでいるのに、アーヤは日差しのきつさを気にするでもなく外にいた。彼女はフェイエール出身だからか日差しにはわりと無頓着だが、そう思っていても指摘する勇気はカペルにはなかった。気持ちよさそうに潮風に髪を踊らせているのを見れば、ご機嫌を損ねる発言は控えるべきだとも思える。
 アーヤの隣にはドミニカさんの姿がある。ふと目が合ってしまい、アーヤのことを見ていたと思われたのか、にやりと笑われた。
 その横には、はしゃぎ疲れたルカとロカがグスタフにもたれかかったまま眠っていた。
 ユージンさんは船員と釣りの話で盛り上がっている。彼は釣りが好きなのだそうだ。
 ソレンスタムさんはどこにいるのだろうか。
 船酔いで船室に引きこもったエドアルドの姿もやはり無い。
 ここは洋上。航海のまっただ中だ。
 カペルたち以外の乗客はほとんどが商人のようだった。彼らの商材の入った木箱や革袋の類が、甲板のそこかしこにも積まれているのが見える。月の鎖のせいでザラに止められていた物資の山だろうが、多少無茶な積み方にも見えて少し不安だ。
 雑多な甲板の様子から、再び視線を海に戻す。
 前に乗ったときは今とは逆、南向きに走っていたはずだが、風景はどちらでもさして変わりなかった。
「カーペールーさん」
 覚えのある女性の声に背中を叩かれて振り返ると、そこには久しぶりに見る二人の顔があった。
「あっ、ファイーナさん」
「お久しぶりです」
 ショプロン村で知り合った新月の民の少女。オラデア砂丘でモンスターに襲われているところを助けたのがきっかけで知り合い、村まで送り届ける際に仲良くなったのが彼女だった。隣には弟のレイムがいるが、意外な再開を喜ぶ気持ちとは別に、二人がどうしてこんなところにいるのかという疑問もわいてくる。
「私、行商を始めたんです。カペルさんに出会って、村でいつまでも燻っていたって何も変わらないって感じて、それで——」
「ねーちゃんは、カペル兄ちゃんに会いたかったから村を出たんだよ」
「レイム!」
 ファイーナに口を塞がれてレイムがもがく姿も、相変わらずの仲の良さで微笑ましい。
「カ、カペルさん、違うんです! いや、違うわけじゃないんですけど、ち、違うんです! 気にしないでくださいね。でも、ちょっとは気にしてくれると嬉しいですけど……って私、何を言ってるんだろ」
 それはこちらが聞きたいことで、その慌てぶりにカペルは思わず苦笑してしまった。
「二人で行商を?」
「ええ。と言っても知り合いのお手伝いみたいなものですけど」
「危なくないの?」
「私たちには私たちなりの知恵がありますから」
 彼女が言う私たちの知恵というのは、つまり月印を持たぬ新月の民が生きていくための知恵のことだ。月印を持てず、それ故に差別にあい、大きな街に定住することも出来ない新月の民にとって、危険を冒して世界を転々とするのは必要に迫られた行為だ。だからこそ、生き抜くための知恵がはぐくまれる。
「そっか。気をつけてね」
「はい」
 少し変わったかな……。
 ファイーナの笑顔には、前を向いて歩いている力強さがあった。以前には無かったものだ。旅をし、世界を見て、誰かと出会えば、人は変わる。それは新月の民でもコモネイルでも、たぶんハイネイルだって同じだろう。
 自分も少し変わったのかな。そう思い、そのきっかけをくれた人の姿を確認しようと視線を流したカペルだったが、
「うわっ! アーヤ……さん?」
 遠くにいたはずのアーヤが間近にいて、カペルは驚いて小さく悲鳴を漏らした。硬い笑顔。なんだかご立腹のご様子だ。
 アーヤはカペルを無視してファイーナと目を合わせると、抑揚を押さえた声で言った。
「あら、ファイーナさん、お久しぶりね」
「アーヤさん。また会えましたね」
 互いにニコニコしながら挨拶しているが、それがかえって怖かった。そう感じたのは隣にいたレイムも同様のようで、カペルの袖を引いて耳打ちする。
「カペル兄ちゃん、なんとかしてよ」
「……無理。無理です。絶対に無理」
 局所的な嵐でも呼びかねない笑顔での睨み合い。止める手段を持たないカペルは、レイムと一緒になって怯えるばかりだ。結局、後方からファイーナの知り合いらしい人が彼女を呼ぶまで笑顔の睨み合いは続いてしまった。
「呼ばれてるよ、ファイーナさん」
「ええ、聞こえてますよ、アーヤさん」
 何が彼女たちを駆り立てるのか……。
 ともかく、ファイーナは最後に変わらぬ笑みを残して去っていった。だが、同じはずのその笑顔も今のカペルには別物に見えて仕方なかった。
 アーヤもいつもどおりのぷりぷりした顔でこちらをちらと見遣ると、何も言わずにドミニカのところへ帰って行った。こちらは見え方もいつもどおりだ。
 にやりと笑うドミニカの顔が見えると、カペルはどっと疲れた身体を木箱に預けて天を仰いだ。嵐は去り、夕闇に染まり始めた快晴の空に、何も言わぬ月がそっと浮かんでいた。


 錨が降ろされる鈍い音が止まり、舫いが結ばれ、橋がかけられる。
 船を下り、船員たちが係留後の作業に追われているのを背にして、カペルはファイーナたちと別れの挨拶を済ませていた。彼女はさっそく行商としての仕事があるそうだ。弟と二人、きちんと仕事をこなしている姿は、出会った頃の弱々しい印象を覆すに十分だった。
「じゃあ、また」
「はい。カペルさんたちは、次はハルギータへ行かれるんでしたっけ?」
「そうだよ」
「じゃあ、また会えるかもしれませんね」
 屈託のない笑みに、一瞬どきりとしてしまう。
 新月の民が旅をするというのは、いくら長年の知恵があるからといっても安全とは言えない。商談の方も含め、とにかく二人には無事でいてほしい。同じ新月の民であるせいか、それとも彼女たちの醸す空気がそう思わせるのか、カペルは二人との時間に不思議な安らぎを感じていた。
「では」
「あ、ファイーナさん」
「はい?」
「覚えてるよね、約束。確か何でも——」
 背中に突き刺さる視線に、一瞬どきりとしてしまう。
 アーヤの睨みは後ろからでもはっきりとわかるから不思議だった。
「ふふ。覚えてますよ。じゃあまた」
「バイバイ、カペル兄ちゃん」
「またね、レイム」
 手を取り合いながら歩く姉弟の姿が、ケルンテンの雑踏の中に消えていく。貨物の積み卸しで港は喧噪に満ちているのに、どこか寂しげな空気がこの街には漂っている。二人がそこに消え入りそうな印象が脳裏をよぎり、ザラで見た夢のせいで変に気分が出ちゃってるのかな、とカペルは頬を掻いた。
 二人の背中が見えなくなると、アーヤが隣にやって来て言った。
「ファイーナさんたち、大丈夫かしら」
「心配なら直接言えばいいのに」
「うるさい」
「大丈夫だよ、きっと」