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猛獣の飼い方

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3.猛獣の飼い方







猫というのは狭い所が大好きだ。
不本意ながらも現在猫という境遇を身をもって味わっている最中である臨也は、その習性をきちんと引き継いでいた。

「おい。ノミ蟲。何処行った?」

キョロキョロと部屋を探す家主に見つからないよう、ベッドの下の暗がりで気配を殺す。
そう、これは習性なのだ。幼子に――時にはいい年をした大人にも――見られる胎内回帰願望などではないし、エロ本の1.2冊あったら後々からかうネタにしようという打算があったわけでもない。

――ましてや、腹が減ったとアピールしたら気の利かない男が猫缶を買ってきた事に怒っているわけでも、ない。

(シズちゃんのばーか。俺はヒトなんだから、そんな劣悪な衛生環境で作られた缶詰なんて食べるわけないじゃん。どうせ買ってくるならフツーの魚の缶詰にしてよ。ホント、気が利かないんだから)

「のーみーむーしー?」

カンカン、と缶をスプーンで叩く音が部屋に虚しく響く。

(だいたいソレ、聞いた事もないメーカーなんだけどっ!)

臨也の怒りは、時間と共にズレはじめていた。










「お前、黒いんだからあんな暗いトコで寝るんじゃねぇよ。探しただろ」

結局、空腹には勝てず臨也は思考を停止して缶詰を食べる事にした。
いつ戻れるか分からない上、こんな深夜に新羅のマンションを訪れても事が進むとは思えない(むしろ存在に気付かれずにマンションの前で朝を迎える可能性が濃厚だ)。今、目前の男の機嫌をそこねて、強制的に野宿をするハメになるよりは空調の効いた(堅い)ベッドの上で寝る方がまだいい。妥協の末に口を開いたのだが――

(…あ、なにこれ意外と美味しい)

猫になった今は、味覚すらも猫になっているらしい。
朝から何も食べていなかった事もあるのかもしれないが、臨也はペロリと聞いた事もないメーカーの缶詰を完食した。

「…うまいか?」

(まぁまぁね)

憎まれ口も、いまではニャアという涼やかな声にしかならない。

その声から満足感を拾った男が、毛並みに沿って撫でてくる。優し過ぎる触り方が、なんだかとてもむず痒い。

(…シズちゃん?)

にゃぁ?

抱き上げられそうになった時、臨也が怪訝な声を上げれば男の動きがピタリと止まった。
ガシガシと乱暴に髪をかき上げながら、男が呟く。

「ノミ蟲…これはノミ蟲だ…っ!!可愛いとか、そんなの思う相手じゃねぇんだよ…!!!」

男が持っていたカップがパラパラと破片となって床へ落ちていく。臨也はそっと距離を置きながら、やれやれ、と息を付いた。

(しょうがないね。そんなに俺が好きならもうしばらく居てもいいよ?精々俺に尽くしてよね)

にゃーん、にゃぁん?にゃーん

「…なんかムカつく事言ってるだろ」

(まさか!)

にゃぁん。

「…っ、!」

可愛く、可愛く鳴いて見せればカップの破片は粉レベルに細かくなって空気と混じっていくのがよく見えた。

(…シズちゃんには、あんま触られないようにしようっと)

人ならともかく、猫の身体なんて一瞬だ。ポキリと両断される己の身を想像し、臨也はぶるりと首を振った。








ある程度の危険を覚悟しましょう
(そして全力で、回避しましょう)
作品名:猛獣の飼い方 作家名:サキ