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りんはるちゃんアラビアンパロ

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国王の顔



この男はバカなんだろうか。
そうハルカは思った。
眼のまえにいるのはリンである。つまり国王だ。
今ハルカが思ったことを口に出せば不敬罪に問われかねない相手である。もっとも、これ以前にハルカは不敬罪に問われかねないことをいろいろしたのだが。
リンは店の出入り口の近くの屋根の下に立っている。
ここに来るのは、ひさしぶりだ。
顔を見るのも、ひさしぶりだ。
あの祭のとき以来だ。
なぜ、来た。
そんな問いがハルカの頭に浮かんだ。
祭のとき、塔で王妃になれと言われて、自分は断った。
王妃にはならない。
ただのひとがいい。
そう言ったのだ。
あれだけはっきり断ったのに、甘ったれたヤツだと思われてもしかたのないようなことも言ったのに、なぜ、来た。
ハルカは無表情で黙ったままリンの顔をじっと見て、硬い瞳で問いかける。
リンは口を開いた。
「あー、ひさしぶりだな」
話し始めるまえに前置きのような妙な声をあげた。
以前にもこんなことがあった。同じように妙な声をあげてから話し出したり、話の途中で言いづらそうに口を閉ざしたり。
話した回数は少ないものの、国王の素顔は結構照れ屋であるらしいことがなんとなくわかってきた。
「仕事が忙しくて来られなかった」
いや、そんなことは聞いていない。
ハルカは胸の中で否定した。
なぜ来たのか聞いている。
そう問いかける眼の力を強くしてみた。
すると、リンはなにかを差しだした。
「これ、やる」
本だ。
その表紙をハルカは見てタイトルを確認する。
より早く泳げるための筋肉のつけ方その二、だ。
好評につき続編が発行されたらしい。
まえにリンからもらった本は読んだ。実践もしてみたら、良い感じに筋肉がついてきて、以前よりも気持ち良く泳げるようになった。
あれは良い本だった。
続編が出るのもわかる。
そう思っているうちに、自然とハルカの手は動いていて、リンから本を受け取っていた。
「……お茶をいれよう」
ハルカは言った。
もらってばかりでは悪いし、借りのようなものは返しておきたい。
「ああ」
屈託のない様子でリンは返事した。
それから、店の中へ入ろうとした。
しかし。
遠くから大通りを馬が駆けてくるのを眼の端でとらえた。
馬上の者は急いでいるらしく、かなりの速度だ。
ハルカはリンの顔を見た。
リンの顔に緊張が走っていた。
同時に、威厳もうっすら漂っている。
国王の顔に切り替わろうとしていた。
やがて、馬はハルカとリンのいる場所の少し手前で急停止した。
馬上の者がすばやく馬からおりる。
三十代ぐらいの男、格好からして宮殿の役人だろう。
男はあわてているようだが、リンの近くまで行くと、丁寧に礼をした。
その様子をリンは表情を変えずに見ている。
「何事だ」
泰然とした、けれども鋭さを含んだ声で、リンは男に問いかけた。
これまでハルカと話をしているときと、まるで様子が違っている。
自分の隣にいるのは、間違いなく、王、だ。
そうハルカは感じた。
男は顔をあげ、リンを見て、口を開く。
「地方で反乱が起きたとの報告が入りました……!」
事の重大さに、ハルカは息を呑み、まわりで聞いていた者たちからはどよめきが起きた。
リンは眉をひそめた。
「首謀者はだれだ」
そう国王に問われ、しかし男はすぐに答えなかった。
気まずそうに言いよどみ、けれども、振りきるような表情をしてから、男はふたたび口を開く。
名を告げた。
その直後。
リンの表情が変わった。
国王としての顔が崩れた。
ひどく驚いたように、眼を見張った。
そして、瞳が揺れる。
次の瞬間、その切れ長の眼が伏せられた。
リンは顔を隠すようにうつむく。
だが、その歯が食いしばられているのが、ハルカにはわかった。
その手が拳に握られ、強く、強く、握りしめられているのに、気づいた。
役人らしき男は真摯な表情をリンに向けて話す。
「ご幼少のころからのご友人です。しかし、事が事ですので、王にはこの王都に留まっていただいて、将軍を派遣して反乱を鎮圧させるよう宮廷内は進んでいます」
「バカ言うな……!」
リンは顔をあげた。
強い眼で男を見すえ、言い放つ。
「俺が討たなくて、だれが討つ!」
その声に、その顔にあるのは、揺るがない意志。
さからうことをゆるさない王者の風格。
その迫力に圧倒される。
圧倒されてだれもが動けなくなっている中、リンは歩きだした。
「宮殿にもどる」
そうリンが告げると、役人らしき男はハッと我に返った。
「はい!」
男は返事をし、リンのあとを追うように動きだす。
リンは決然とした様子で進み、やがて馬上のひととなった。少し遅れて、役人らしき男も自分が乗ってきた馬にまたがる。
リンは艶のある栗毛の駿馬に指示を与える。
去っていく。
それをハルカはただ見送る。
リンの背中が広く大きく見えた。

地方で起きた反乱は、王が自ら軍を率いて出陣し、またたくまに鎮圧した。
首謀者は王とは幼いころから親しくしていた友人だった。
二年前に前王が逝去し、王位を継承したあと、王は友人を難しい地方へと赴任させた。
信頼しているからこそ、まかせた。
だが、友人のほうはそうは思わなかった。
親しくしていたのに僻地へと追いやられたと、王を恨んだ。
そんな彼のまわりには王の政事に不満を持つ者たちが集まるようになった。
彼らの動きを事前に察知することができなかったのは、王の信頼を宮廷内の者たちが知っていたからである。その点については迂闊であったと認めるしかない。
だから、反乱の報が入ったとき、宮殿内は反乱という事態に対する以上の激震が走った。
反乱は鎮圧され、首謀者は捕らえられた。
国家に対する反逆、その首謀者に対する国の裁きは通常、極刑である。
今回の場合、情状酌量の余地は無く、すみやかにその裁きが下され、王の友人は処刑された。

だれにとっても良い政治なんて無いんだろうな。
そうリンが塔で言ったのを思い出し、その言葉がハルカの胸に突き刺さった。

中庭の上に広がる空は暗くなり始めている。
回廊をハルカは歩いていた。
宮殿の中に入ったのはこれで二度目だ。
あたりまえのことなのだろうが宮殿内は豪華な造りで、ここで生活するというのはどんな気持ちなのだろうかとぼんやり思った。
一度来て、あんなことがあって、もう二度と来ないと思っていたのだが。
ハルカは宮殿内の者に教えられたとおりに進んできて、教えられたとおりの部屋に入った。
広い部屋だ。
王の私室と聞いてきた。
その主は天蓋つきの席にあぐらをかいている。
うつむいている。
だから、顔は見えない。
「……泳ぎたくなったから、来た」
ハルカはいつものように平坦な声で話す。
「だが、ひとりだとつまらない」
「嘘つけ」
顔をあげないまま、リンが言う。
「ひとりのほうが自由でいいんだろ」
「いつもならそうだが、今日は気分が違う」
「悪いが、俺は今そんな気分じゃねぇ。泳ぎたいんなら、ひとりで泳げ」
ぶっきらぼうにリンが話すのを聞きながら、ハルカはどんどん進んでいった。
リンのすぐそばまで行く。
すると、うつむいたままのリンが腕をあげた。
よくきたえられた、たくましい腕。
それがハルカのうしろのほうにまわされ、引き寄せられる。