二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

改・スタイルズ荘の怪事件

INDEX|29ページ/56ページ|

次のページ前のページ
 

6.0章


次の朝、ポアロを訊ねると、彼女は既に家を留守していた。完璧な崇拝者と化した同居人たちに話を聞くと、検死審問が始まるまでに色々と用事があると言って出かけたらしい。ポアロの立場を考えれば秘密主義も仕方がないが、わたしは何か憮然としたものを感じずにはいられなかった。
仕方が無く、わたしが時間つぶしに町外れの農場への畑道を歩いていると、農家の老人に話しかけられた。
「お屋敷から来なさったのかい?」
「ああ、友人を探しているんだ。こっちの方に来たんじゃないかと思ってね。」
わたしは適当な口実を口にした。
「小さい人かね?妙なしゃべり方をする?工場の方にいるクメルの一人だろ?」
「そうだ。それでは、ここに来たんだね?」
わたしは思わぬ収穫に勢い込んだ。
「確かに、来なさったよ。あんたの友達?なるほど、お屋敷の旦那にも色々いるもんだ。」
老人は意味ありげな目を向けてくる。
「へえ、お屋敷の旦那がよくここに来るのかい?」
わたしは出来るだけさりげなく尋ねた。老人はいかにも共犯者めいた顔でこちらを見てくる。
「おひとりはね。誰とは言わんが、気前のいい旦那様でね。ありがたいこったよ、本当に。」
わたしは少しばかり不快感を覚えながら、町への道を歩いていた。エヴィの考えていた通り、アルフレッドはほかの女性に気前よく金をばらまいていたようだ。金と女、あまりにも単純で、それ故に人類普遍の犯罪の動機である。
検死審問は定刻通りに、村にあるリーストウェイズ・コテージで開かれた。ウェルズは朝の時点でも審問を開くまいと頑張っていたようだが、ポアロから夫人が統合政府関係者であることを告げられると流石に諦めたらしい。場所が公舎でないのが彼の報われぬ努力の跡なのだろう。
先ほど合流したポアロとわたしは、側面の壁に一緒に寄りかかっていた。わたしたちは証言を求められなかったのだ。
陪審が遺体を検分し、ジョン・カウンディッシュが身元を確認する。審問での質問に答えて、ジョンは事件の日の出来事を朝から一つずつ説明し始めた。
夫人の死の状況の説明が終わると、今度は医学的見地からの証言が行われた。簡潔な言葉で、バウアスタイン博士は検死の結果を報告した。専門的な内容を省略すると、夫人はストリキニーネの過剰摂取で死亡したということだった。
「誤ってストリキニーネを飲んだ可能性はありますか?」
審問の全てを管轄するウェルズが聞いた。
「可能性は否定しません。ストリキニーネは、ある種の合法的な薬物として、販売にもそこまでの制約は設けられていませんから。」
「遺体から毒物がどうような形で投与されたか判定できるようなものは?」
「何もありませんでした。」
「到着してからのこと詳しくお話していただけますか?」
「夫人の部屋に入ると、彼女はちょうど強直性痙攣を起こしていました。これはストリキニーネが全身のナノマシンの機能を停止させたときに見られる典型的な症状です。私のほうを見て、アルフレッド・イングルソープの名前を二度ほど呼んだように記憶しています。」
「ストリキニーネが、ミスター・イングルソープが運んだ夫人の食後のコーヒーの中に混入されていたとは考えられますか?」
「可能性はありますが、ストリキニーネは効力の極めて速い薬物です。今回の条件では、夫人は八時ごろにコーヒーを飲まれたそうですから、症状が出るのが遅すぎると思います。死亡する1、2時間前に薬物を摂取したと考えるのが妥当でしょう。」
「夫人は夜中にココアを飲む習慣があったそうですが、その中にストリキニーネが混入されたとは考えられますか?」
「いいえ、鍋に残っていたココアを摂取して分析した結果、ストリキニーネは全く含まれていませんでした。」
隣でポアロが含み笑いをしていた。
「あの機械で分析していたんですね?」
「違うよ。聞いていれば分かる。」
博士の尋問は山場を向かえようとしていた。ストリキニーネの混入先が明らかになろうとしているのだ。
「わたしとしては、当然の結果だと考えています。」
「どうしてですか?」
「ストリキニーネは異常に苦味が強いからです。どんな形であれ、ココアに入れて飲むものではありません。」
「それはコーヒーでも同じことではないのですか?」
「いえ、コーヒーには独自の苦味がありますから。私の知る限りでは一般的なストリキニーネの摂取法はコーヒーに混ぜることだと記憶しています。」
「それでは、薬物はコーヒーに混入され、何らかの要因で効果が遅れたとお考えですか?」
「はい、消去法ですが。」
ウェルズは少しだけ居住まいを正した後、博士に質問を発した。
「博士は先ほどからストリキニーネを故意に過剰摂取する場合があると言われているように思うのですが?」
博士は少しためらった後、歯切れの悪い口調で言った。
「いいえ、違います。ただ、大陸ではストリキニーネを、誤って大量摂取する、事例が多数あるのは、確かですね。」
「なるほど参考になります。夫人は自ら命を絶ちたいと思っていた節はありましたか?」
「それはありませんね。覇気に満ち満ちていらっしゃいました。それに夫人は裕福な方でしたから。」
「なるほど。」
二人はそれ以上は何も言わなかった。
統合政府市民は天寿を真っ当するのが義務だ。脳以外の場所をくまなく這いずり回るナノマシンが、望もうが望むまいがそれを助けてくれる。もしそれから自由になりたければ方法は二つしかない。
高額の除去手術を受けるか、ストリキニーネ等の市場に流通する危険性はらんだ薬物を大量に誤飲するかだ。後者は文字通り死ぬほどの苦しみが伴う。もし夫人の立場なら、博士に一声かければいいだけの話なのだ。
次いで、ドーカスのアーカイブが読み上げられた。一定以上のプロテクトを施されていない論理構造体のアーカイブは物的証拠にはならないが、その改変の可能性も含めて、陪審員に印象を与えることが許されるのは、普遍法と地域法のどちらにも共通している。当たり前だが、ドーカスのアーカイブはわたしたちが既に知っていたものと同じものだった。
次の証人はメアリ・カヴェンディッシュだった。メアリは意外なことに背筋をすっと伸ばして堂々と立ち、低い、澄んだ、申しぶんなく落ち着いた声で話した。ウェルズの質問に答えて、いつもの四時半に起きて着替えていたとき、なにか思いものが倒れる音を聞いたと証言した。
「部屋のドアを開けて耳を澄ませました。少しして呼び鈴が鳴ったかと思うと、ドーカスがやってきて夫を起こしました。そして、みんなで義母の部屋に行ったのですが、鍵がかかっていて──」
そこでメアリの証言を、ウェルズがさえぎった。
「そこから先は、あなたを煩わせることもないでしょう。ジョンが先に証言してくれましたから。それよりも、その前日に耳にされたという口論のことを教えて下さいませんか?」
「わたしがですか?」
メアリは右ほほに手をそわせながら首をかしげた。少しばかり露骨な時間稼ぎだ。
「そうです。わたしの知るところでは、あなたは書斎【ラボ】の窓のすぐ外にあるベンチで本を読んでいらしたそうですね。」
横をちらりと盗み見たが、その表情からは、ポアロがその事実を知っていたかどうかは判然としなかった。
少しためらってからメアリは答えた。