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改・スタイルズ荘の怪事件

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7,0章


審問会場から外に出ると、ポアロはわたしのズボンを引っ張った。狼に逃げることもなく、会場に居続けた例の男を待つつもりなのだ。
しばらくすると男は出てきた。しかし改めて見ても、この小柄な男は実に奇抜だった。まず何よりも三十センチほど宙に浮いている。
遠目からでも想像はついたが、彼の浮遊はホバーブーツによるものだった。その見事な空中停止を考えるに、専門訓練を積んだことは確実だが、この「六十億の針」と称される難儀な道具の使い方を自ら進んで習得するのは、かなり物好きに違いない。
それに加えて、スーツこそ普通だがその上に羽織っているのは、地面に届くほど長い十二単風のコートである。それは色合いが少しずつパターン変化させながら淡い光を放っていた。かなりの高級品なのだろうが、どう考えても関わりたくない種類の人間である。
しかし、ポアロは何のためらいもなく男の前に笑顔で進み出た。
「ボクのことを忘れたとは言うまいね、行政長。」
彼女は目礼の一つもせずに言った。その不遜な態度から察するに、相手はポアロがアルゴノイタイであることを知っているのだろう。
「これはこれは、メル──」
相手からのわざらしい挨拶をポアロはすげなく断ち切った。
「その名前で呼ぶのはよしてくれるかな。ここではエルキュール・ポワロで通してるんだ。それにその名前は、ちょっと今の状況では危険過ぎる。」
男が呼ぼうとしたのはポアロの「慎みの輪」での呼び名だった。それでわたしは得心がいった。あの団体の関係者なら、この珍奇な格好も納得がいく。前に見た資料によれば、この団体は奇妙な服装を良しとする傾向があるのだ。とある映像には、真夏の浜辺をトレンチコートと鹿打ち帽で闊歩している幹部の姿が映っていた。
「導き手【ディテクティブ】がそうおっしゃるなら、こちらは従うまでですが。」
「そうしてくれ、最初が最後は遠慮したいからね。しかし、誰か来るとは思っていたが、君とは思わなかったな。ボクが用意したロンドンの椅子が大分お気に入りと見えたから。」
遠くロンドンから来た行政長はこれみよがしにため息をついた。
「自分がどれだけ英国区の人事引っかき回したと思ってるんですか。何の前触れもなく任期の途中で、平和省の事務次官級が着任していた主要ポストに、俺みたいなのが来たんですよ。下からの反発が酷くて、この三ヶ月、ロンドンにへばりついて、やっと行政権を掌握できたんですから。」
わたしの知らないところで、ポアロも色々と訪英への準備をしていたらしい。しかし、行政長の言葉を鵜呑みにするなら、彼は見た目に反して、かなり優秀な人材のようだ。掌握どころか、行政機能が全停止しても驚かないシチュエーションである。
「必要な措置だったんだから仕方がないだろう。ボクは出来ることしか命じないよ。それはそれとして、随分と退屈な格好をしているね。」
ポアロの口から理解不能な言葉が飛び出した。
「これでも気を使っているんですよ。今回は古典【オーソドックス】も古典【オーソッドクス】みたいですから。まさか貴方の前に探偵【シュバリエ】の意匠で立つわけにもいきませんし。」
「前々から言っているが、君はもう少し正統派を修めるべきだね。外道ばかり覚えて、師としては嘆かわしい。」
行政長はその場で高速スピンを始めた。もしかしたら、ポアロの言葉を誤魔化そうとしたのかもしれない。
色彩豊かにはためくコートの裾がまるで炎のように揺らめいている。驚いたことに、彼はそのままの状態で話を続けた。
「Dネーム【マナ】を二重襲名とか。それこそ外道の極地だと思いますけど?」
ポアロはその指摘に口をとがらせた。
「別に先代から引き継いだだけで、ボクが望んだわけじゃない。今回のだって名前に縛られてなかったら、これほど苦労していないさ。」
「正直、それほどの代物には感じられないんですけどね。」
「君たちなら何の問題も無く踏み潰せるはずさ。このボクの真名【マナ】だからこそ、というわけだ。」
「ですけど、どう見ても単純な事件ですよ。もう手は打ってるんでしょう?」
「試してはいるんだが、一時は成功しても、すぐに無効化にされてしまってね。君が思ってるほど単純な筋書きではないんだよ。」
「人形とか、使ってみたらどうですか?」
ポアロは大きくため息をついた。
「もしボクが死んだら、是非ともそれで事件を終わらせてくれ。」
「やめて下さいよ、変なフラグ立てるの。」
「コテコテのフラグは逆に外すのも定石だよ。まあ、どうにかなるだろう。おそらく、手段そのものは間違っていないはずだから。どこまでも勘に過ぎないが。」
「ポアロの勘は当たりますからね。」
「当たり前だろ。ボクを何だと思ってるんだ。」
わたしがその場を静かに離れようとしていると、ポアロはわたしのスネを蹴り、わたしたちの間を取り持ってくれた。
「彼の名前はジャッ──ではなくてサマーヘイということにしておこう。察しはついてると思うが、わたしの教え子みたいなものでね。」
「エルキュール・ポアロの六大高弟の一人、宙吊り【ハングドマン】のサマーヘイです。どうぞ、お見知りおきを。」
わたしはポアロをじっと見つめた。
「これはボクの趣味じゃない。彼らが勝手に名乗っているだけだ。」
別に何も言っていないのだが。
「酷いな。お伺いを立てたら、笑って許可を出してくれたじゃないですか。」
「それはアレだよ。ボクは弟子の自主性を尊重する教育方針だから。」
「じゃあ、あの永劫回帰する理【ウロボロス】とかいうの俺にくださいよ。」
「それとこれとは話が違うだろうが。」
結局、二人は再びわたしを無視して話込み始めた。これによって、上司にお気に入りの二つ名が百個単位であることを知ったが、わたしはそれに対しての判断を保留した。わたしの名前だって人のことを笑えないのだ。
「しかし、事件の全貌は明らかでしょう。別にあの男の愚かさの理由について考えているわけでもなし。」
やっと事件に話題が変わったのは、およそ三十分後のことだった。
「わたしも彼の意見に同感です。陪審員がすぐさまアルフレッドに有罪の判決を出さなかったのは、ポアロがウェルズに手を回したからだと思いましたが?」
「確かに手は回した。そういえば、ウェルズにボクのことを伝えたのは君だろう?可哀想に。彼はボクのことをはかりかねて二人だけのときとか、ずっと挙動が不審なんだぞ。」
「俺にとっても政府にとっても重要な人物だからと言っておいたんですけどね。」
何一つ間違っていないが、何ひとつ役には立たない台詞である。
「多少は愉快な出し物ではあったよ。人から見れば自分【クメル】もあんなものなんだろうとかね。サマーヘイ、スタイルズ荘に来る気はあるか?」
「お許し頂けるなら、今すぐでも言いたいところですが、貴方分まで忠犬【ウェルズ】にご褒美をあげなくてはいけませんから。」
「では先に行っているよ。君にとってもいい勉強になるだろう。ついでに、アルフレッドの嫌疑を晴らしてやってもいい。」
仰々しく頷くと、サマーヘイは離れていく。わたし達はスタイルズ荘への道を歩き始めた。わたしが前で、ポアロが少し後ろをついていく。さながら主人と召使といったところだ。