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改・スタイルズ荘の怪事件

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「しかし、予想はしていたが、あそこまで頑なだとゲンナリするね。覚えていないでは、流石に胡散臭すぎるだろうに。」
「黙秘以外に自らの嫌疑から身を守る手段がなかったということでしょう。」
「ボクなら5分も話す機会があれば、見事に不在証明をして、ついでに世界を征服してみせるけどね。」
わたしは思わず笑ってしまった。
「それは、ポアロ、あなたなら容易でしょうが。しかし、実際のところアルフレッド・イングルソープの無実を信じている訳ではないんでしょう?」
ポアロは急にむずかしそうな顔をした。
「何と答えるべきなのかな。一つだけ言えるのは、彼の眉間に銃弾を打ち込むはめになるのは遠慮したいということだね。」
「どういう意味です?あれだけ決定的な証拠があれば、絞首刑は確実だと思いますが。」
わたし達は裏門をくぐって、スタイルズ荘の庭先へと入っていく。気のせいかもしれないが、この屋敷に近づくにつれてポアロは少しずつ足取りが重くなっていくようだった。
「君もすっかり毒されてるな。いいだろう、君のレベルで説明してやる。わざわざ人を毒殺しようと計画する人間は、殺す前日に近所で毒物を購入したりしない。激しい口論をして、自分に嫌疑がかかるような状況下では、何の不在証明も用意せずに毒をもったりしない。消極的に自殺したいのでなければね。」
「しかし──現実というのは分からないものですよ。」
「その通り。ボクにもこの事象の落としどころは分かっていない。このエルキュール・ポアロがだよ。」
そこでポアロは急に黙り込み、好きでもない庭を散策し始めた。視線や手は花に集中していたが、上耳は彼女の迷い込んだ迷宮の深さを物語るように、前後左右に活発な動きをしていた。そんな風に庭を半周したところで、彼女は深く深く息を吐いた。
「どうやら、君のことを笑えないようだ。すっかり毒されていたらしい。それで何の話だったけ?」
「彼がストリキニーネを買ったことですよ。」
「何の問題でもない。彼は買わなかったんだよ。」
「しかし、メースがそう証言しているんですよ。」
「人間の主観がどれだけ曖昧なものか、わざわざ説明する必要もないだろう。あの特徴的な容姿なら誰だって変装できる。スタイルズ荘の薬は基本的にバウアスタイン博士が処方していた。メースは彼の顔を近くで見る機会すらゼロに等しいはずだ。彼のように眼鏡に髭面の人間を見たら、アルフレッドだと証言するさ。」
「それはそうかもしれませんが。」
言われるまで忘れていたが、大陸では人の証言の証拠としての価値はかなり低い。複数人いればまた別だが、一人の人間の証言だけで被告を死刑にしたりはしないものだ。
「しかし、では彼は月曜の夜六時に何処にいたか、何故、言わないんですか?」
「見当はついてる。朝に調べたら、細部に違いはあったが、概ねボクの予想した通りだったよ。」
「相変わらずの秘密主義というわけですね。」
ポアロは両手を広げて、わざとらしく謝罪の意を示した。
「昨日の今日で、あまり時間がなかったものでね。」
わたしたちは先ほどから屋敷の庭の二周目に入っていたが、一回りした結果、やはりポアロはこの庭が気に入らないらしく、要所要所でこの丹精に手入れされた庭への悪態をついている。
「この庭の設計者は美というものへの理解がない。それが悪趣味という名の趣味だとしても、とても頂けないね。」
ポアロは慎ましく植えられた菫を無造作に手折りながら、今度はわたしに矛先を向けた。
「そういえば、君のミセス・メアリは何か隠しているみたいじゃないか。」
「あれは不思議でした。彼がアルフレッドを庇う理由などありはしないと思うのですが。」
「確かにね。一つはっきりしているのは、彼女の耳は本人が主張するより性能が良いだろうということさ。」
「彼女は他の人の話を立ち聞きなんかしませんよ。」
もし、暖かな庭でのことでなかったら、わたしはその冷たい視線に凍死していたかもしれない。
「まあいい。定石を守っておくなら、メアリの証言で口論の時間が夕方の四時なのも確実になった。」
わたしには未だに、ポアロがどうしてその時間に拘っているのかが、よく分かっていなかった。
「誰も指摘しなかったが、博士の到着が早すぎるのも問題だね。まるでこうなることを知っていたみたいだ。」
「機械化の後遺症による不眠症だそうですが。」
ポアロは興味なさそうに言った。
「君がそういうなら、そうなんだろうね。」
「そういう言い方は──」
「ヘイスティングズ、君はあまりに真っ直ぐ過ぎるね。相手の言葉に少しでも疑惑があったら、警戒するものだよ。ボクが見るに、今日の審問で君ほど正直だった人間は、たぶん一人だけだよ。」
「それはポアロ、メアリや博士が何か隠しているとしても、ジョンやエヴィは真実を語っているはずでしょう?」
「わが相棒【モナミ】、ボクは一人と言った、それが全てだ。」
わたしはポアロのこの発言に、自分でも意外なほどショックを受けた。エヴィのあの朴訥した発言の中に、嘘が潜んでいるとはどうしても信じられない。もしかしたら、ポアロも疑心暗鬼に陥っているのかもしれない。
「エヴィはとても正直な人ですよ。」
ポアロはとても奇妙な表情でこちらを見てきた。判別出来る限りでは、哀れみの表情が一番近いだろうか。
「君は女性に期待し過ぎる。君の理想に適う女なんて、この世には存在しないよ。」
わたしはまるで何かに突き動かされるように言い募った。
「シンシアだってそうです。彼女も嘘をつくような人間じゃない。」
「落ち着けよ。変じゃないか、反対側の棟にいたメアリにテーブルの倒れる音が聞こえたのに、隣で眠っていた彼女には何の物音も聞こえないなんて。」
「ボクだって、ときにはそれ位深く眠りますよ。」
「君がそう言うなら、それでもいいけど。」
今度こそ、その投げやりな口調に反論しようとしたが、ポアロは急に身づくろいを始めてしまい、またも言葉を発するタイミングをそらされてしまった。
ポアロは手鏡で帽子の位置を微調整し、生まれたての小鳥を触るような手つきで服の埃を払っている。彼女が完璧な身支度を完了する頃には、わたしたちの視界に、サマーヘイの特徴的コートがはっきりと納まっていた。
彼のコートは弔意を示してか、先ほどより地味な色合いに調整してあったが、それでも派手なことに変わりはなかった。
ロンドンから来た高官が家の敷居をまたいだことは、屋敷の人にはショックが大きかったようだ。特にジョンは、自分の立場への責任感だけで立っているだけに見えた。
もちろん、あのような判決が出たのだから予想はついていただろうが、サマーヘイは理不尽な現実そのものだった。わたしだって、こんな宙に浮いた色鮮やかなコートの小男が家にやって来るのは御免こうむりたい。
サマーヘイはポアロと何か話していたが、それが終わると彼は威圧的に屋敷の人間をすべて客間に集めるように求めた。どうやらポアロがさっさとアルフレッドの無罪を証明してみせる段取りのようだ。
やがて客間に全員が集まると、サマーヘイは扉を閉じた。皆が席に座っていく中、わたしはポアロに促されるように前の方へ移動した。わたしたち二人にみなの視線が集まる。