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改・スタイルズ荘の怪事件

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8,0章


ポアロの言葉に誰もが呆気に取られ、部屋には沈黙が広がっていた。アルフレッドのアリバイの事実以上に、彼の黙秘の理由が殺人の容疑とあまりにも不釣り合いだったからだ。
最初に気を取り直したのはサマーヘイだった。彼は周りに覚醒を促すような大きな声で話した。
「流石というべきかな。それで、証人というのは間違いないのか?」
人前ではポアロたちの上下関係もまた逆転するのだ。
「リストを用意しています。確認してもらえば分かることですが、問題は無いかと。」
「信頼はしているよ。」
彼は声を小さくして言葉を続けた。
「意地が悪いですね。もし俺が先走って誤認逮捕してたら、どうするつもりだったんですか。」
ポアロがニコリと笑うと、サマーヘイは疲れた笑みを浮かべた。彼の気持ちがわたしには痛いほど分かった。
サマーヘイはみなの内心を代表して、先ほどから黙り込んでいるアルフレッドに疑問をぶつけた。
「しかし、ミスター、それなら何故、検死審問で覚えていないなんて言ったんですか?」
彼が黙っていると、ポアロがおずおずした振りをしながら答えた。
「ミスター・イングルソープはある噂が蒸し返されるのを嫌ったんですよ。」
その言葉にアルフレッドは頷いた。
「その通りだ。あんな根も葉もない噂のせいで、エミリーの安らかな眠りが妨げられるなんて許されるはずがない。そうでしょう?」
サマーへイは冷静に反論した。
「俺の私見ですが、亡くなった奥様には別の意見があったと思いますがね。あなたが無実の罪で捕まれば、犯人は檻の外で自由に生きられるわけですから。」
「馬鹿なことをしたのは分かっています。ですが、私が屋敷でどんな目で見られて来たか。」
アルフレッドの恨みがましい視線の先にはエヴリンがいた。サマーヘイはそんな内輪もめにまで関わる気はないようで、ジョンに許可を取ると、夫人の寝室へと足早に歩きだした。わたしたちも彼に便乗して部屋を退出する。
「ヘイスティングズ、夫人の部屋には二人で行くから、反対側の棟の廊下で立っていてくれるかい。」
二階に上がったところで、ポアロは言った。
わたしは軍人らしく言われた通りに行動する。何も言われなくても、このような命令の意味は明白である。わたしたちの目を盗んで誰かが、こちら側の棟に来るかを観察するのだ。
気配を殺し、柱に身を寄せて待つこと二十分あまり、ついにやってきたのはポアロだった。
「犬ようにずっと待っていたんだろうね?」
「命令ですから。報告するようなことは何もありませんでした。」
「だろうね。」
ポアロはそれだけ言うと黙り込んでしまった。
「サマーヘイはどうしたんです?」
「帰らせた。別に期待してもいなかったが、こっちが部屋まで見せて説明してやったのに、何も理解できないとは、適材適所とはよく言ったものだよ。」
今のポアロの口調なら、狼化したアルフレッドとて迷わず逃げ出すだろう。わたしが何とか会話を続けようと話題を探していると、窓の外にいるバウアスタイン博士を発見した。
「おや、あそこに博士がいますよ。あの男はどうも不思議ですね。夫人は何のために彼を呼んだんでしょうか。わたしが検索した限りでは、大した実績も見当たらない男なんですが。」
「英雄【アルゴノイタイ】の寵愛を受ければ、俗世の栄光なんて吹っ飛んでしまうということさ。彼は元共和国人だよ。夫人の研究チームの主要メンバーの一人さ。」
市民番号【レゾンデートル】の書き換え。英雄たちに許された権能
は何と巨大なことだろう。わたしは内心の恐れを隠すように、なるべく陽気な口調で言葉を紡いだ。
「しかし、俗世の泥には抗えないようですね。」
「というと?」
わたしは先日の彼のエピソードを面白おかしく語ってみせた。
「すると、彼を見たんだね?」
「はい。夕食の後のことで、彼は汚れを気にしてか入りたがりませんでしたけど。」
ポアロはわたしの方をじっと見つめてきた。
「つまり、博士は火曜日の夜にここに来ていたわけだ。君はボクにそのことを報告しなかったね。何故かな?」
そう聞かれて、わたしは自分でも驚いてしまった。増設した記憶野には確かに事の顛末が全て収まっているのに、わたしはその一部を語り落としたのだ。
「だって、ポアロ、あなたが関心を持つとは思わなかったから。大したことではないでしょう?」
我ながら言い訳にもなっていない。
「ある意味では、君の意見はとても正しいと思うが、この事件そのものに限って言えば大したことさ。なんせ博士は、事件の夜にこの屋敷に居たということになるんだから。」
ポアロはわたしの失態を責めるでもなく、各所にかけられた絵の角度を調整しながら、廊下を行ったり来たりしている。ポアロが物の配置を気にするのは、大して集中していない証拠である。
「よし、ここは大人しくタドミンスターに出かけるとしよう。」
よく分からないが、決断が下されたらしい。
「今からですか?」
「君の足なら、そんなに時間もかからない場所だよ?」
五分後、わたしはポアロを背負って目的地もあいまいなまま森を走らされていた。
静寂。先に音を上げたのはポアロだった。
「わが相棒【モナミ】、君の軍人らしい寡黙さに免じて、ボクがこの事件の一面を簡単に説明してあげよう。」
「アルフレッドを除外することによって、この事件の焦点は他のところに移行する。誰がアルフレッドに成りすましたか。そして、審問では気にも留められなかったが、誰がホールに置かれていたコーヒーを夫人に運んだかということだ。君の証言によれば、メアリとシンシアはコーヒーを運べなかったようだがね。」
「そういうことですね。」
ポアロの機嫌を損ねないように平坦に喋ったが、彼女たちが容疑から外れたことにわたしは安堵を覚えていた。
「ミスター・イングルソープの容疑を晴らすことをボクが選択した以上、ここから犯人が危ない橋を渡ることはないだろう。実に困ったことだね。」
口ではそう言いながらも、ポアロがまだ事件を全く諦めていないことは、背中に感じる熱量からも明らかだった。エルキュールとは過酷な十二の試練にすら打ち勝った不屈の英雄の名なのだ。
ポアロは急にわたしの耳元に口を寄せると、不気味なほどの確信がこもった声で、こちらに話かけてきた。
「ところで、君にも何か考えがあるね。」
実際、わたしには朝から何度も頭を過ぎった疑惑があった。
「考えというほどのものでは、馬鹿げた妄想みたいなもので。」
「話してみるといい。直感というのは馬鹿にならないものさ。」
「何故かは分からないんですが、ミス・ハワードが知っていることを全て話していない気がするんです。」
「エヴリンが?」
「はい。おかしな話だとは思うんですが。」
「それは何とも言えないな。何かが君のそう言わせているのかもしれないからね。」
わたしはポアロの言葉に励まされて先を続けた。
「彼女が容疑者から外れているのは、事件の現場にいなかったからでしょう。ですが、彼女の泊まっていた宿からここまで車を使えば三十分で来られる距離です。事件の夜、エヴィはスタイルズ荘にいたのかもしれない。」
そこまで言ったところで、ポアロはわたしの疑惑を一笑に付した。