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改・スタイルズ荘の怪事件

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82,5章


重力にその身を任せながら、その機体の主は眼前に広がる理想都市の終焉を見つめていた。バベルの如く聳え立った中央の管制塔が、音も無く静かに崩れ去っていく。機体のスクリーンから捉えられる顕著な変化はそれだけだった。
この都市は、その機能の九割以上が地下施設によって運営されており、たとえ死にかけていても醜態を外部に晒したりはしないのだ。
終焉の首謀者は、ただじっと自らの謀略の成就を告げる知らせを待っていた。都市の防御網がまだ正常に機能している現在の状況では、外から都市内部の状態をうかがい知ることは誰にも出来なかった。
「貴様、正気を失ったのか。」
地下の崩落をつげる福音はすぐにやってきた。スクリーンに映ったかすかなノイズの混じった画像が、この通信の相手方、理想都市の王がその権能の全てを失いつつあることを雄弁に物語っている。
エルキュール・ポアロは棺桶のような操縦席の中で悠然とした笑みを浮かべてみせた。
「難しい質問ですね。自分で自分の狂気を測るというのは。」
「全てが失われてしまう。全てだ。」
画面越しに王はその白髪に覆われた顔を歪ませて叫ぶ。
「それはそっちの話でしょう。ボクは何一つ失ってはいませんよ。むしろ、やっと取り戻したと言ってもいい。」
「理性的に考えてみろ。まだ間に合う。今まで流された血の全てを無駄にするつもりか。私とお前の力があれば──」
懇願とも命令とも取れる王の声をさえぎる様に、機体から小さな電子音が鳴り響いた。この通信から王の居場所を逆探知することに成功したのだ。それは同時に、幾重にも渡る防壁に覆われていた理想都市が事実上陥落したことを意味していた。
ポアロはそれを祝福するかのように、両の手で左右に設置されたコンソールにコードを書き入れる。自己保全のためのプログラムを無効化したのだ。これによってポアロの機体はいかなる挙動を取ることも可能になった。
「平行線ですね。この程度で失われるものは失われてしまえばいいんです。運が良ければ細々と生き残るでしょうよ。ボクには関係のない話ですが。」
王の顔が醜く歪んだ。
「ふざけるな。そんな無責任なことが許されるものか。」
「別にふざけたつもりはありませんよ。それに、最低限の責任は果たしたつもりですけど。」
「認めない。わたしは認めないぞ。」
「じゃあ、それでいいですよ。あなたに認められるために、ボクの人生があるわけでもありませんしね。」
まだ何かを叫ぼうとする王の通信を勝手に遮断すると、ポアロは長年つれそった相棒に別れを告げた。その身体はもはや正常な機能を維持できないレベルに達していた。ポアロはその機械の身体に愛しむように口づけをした。
「モナミ、しばしのお別れだ。君と過ごした年月はボクにとって忘れられないものだったよ。」
その言葉に合わせるようにポアロの身体は機体から最低限の防御だけを伴って排出された。百の雄弁な言葉よりも、今まさに王の居場所へと一直線に加速していく機体の挙動こそが、ポアロにはこれ以上無い別れの挨拶のように思えた。
「ここに誓おう。エルキュール・ポアロとアーサー・ヘイスティングズは死をもってすら別たれることは無いと。」
そして、一条の光が大地を砕いた。