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改・スタイルズ荘の怪事件

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9,0章


わたしたちが部屋を出ると、ちょうどジョンがそこを通りかかった。彼はわたしは晩酌に誘ってきた。
断る理由もないので一緒に応接間に向かうと、そこには立食パーティーの準備がされていた。夕食が少なかったのはこのためだったらしい。ジョンとしては、一度区切りをつけたいという気持ちもあるのだろう。
パーティーはいわゆる無礼講だった。道化として同席を許されたポアロは、丁寧な態度を崩すことはなかったが、回されてきたカナッペに普段でも見せないような熱烈な賞賛を浴びせていたことを考えると、それなりに楽しんではいたようだ。
みなが機嫌良く酔いきったところで、ポアロは急にメアリに質問をした。
「マダム、このような席で無粋かとは思いますが、二、三ほどお聞きしてもよろしいですか?」
メアリは酒精のせいか何の警戒もなく許可を出した。
「どーんと聞いてください。」
「ご親切痛み入ります。おうかがいたしたいのは、夫人の部屋に通じるマドモアゼル・シンシアの部屋の扉に、ボルト錠がかかっていたか、ということなんです。」
メアリはほんの一瞬、口の端が平に坦まで戻した。それから、さも驚いた様子で言った。
「おりていました。このことは前にも言いましたよね?」
「ボルト錠がおりていたのですね?」
その言葉だけで、メアリは全てを理解したようだ。
「ああ、そういうことですか。わたしがボルト錠がおりていたと言ったのは、扉が閉まっていて開けられなかったからです。つまり、この家ではあまり鍵を使いませんから。」
「しかし、鍵がかかっていた可能性もあるわけですね?」
「そうですね。そうかもしれません。」
「それでは、夫人の部屋に入ったとき、問題の扉にはボルト錠がおりていたかどうか、よく考えていただけませんか?」
「たぶん、おりていました。」
ポアロはそれがあたかも超頂点【ウルトラ・クライマックス】であるかのように厳かに問いを放った。
「でも、ごらんになったわけではない?」
「ええ見た覚えはあり──見ました。そういえば、何かの拍子に見たら、ちゃんとボルト錠がかかっていました。」
「それなら確実ですね。」
わたしは内心で首をかしげた。問いが不発に終わったにも関わらず、ポアロはどこか満足そうな様子だったからだ。
宴もたけなわになった頃、わたしはポアロを送るために屋敷から抜け出した。
「別に一人で歩いてもよかったんだが。」
「任務ですから。」
ポアロは微笑を浮かべた。黒々した尻尾が所在なさげに地面の近くをのたうち回っている。
「それもそうだね。安心したよ。」
ポアロは急に話題を変えた。
「シンシア嬢は宴会に参加していなかったようだけど?」
「職場に戻ったんですよ。夫人が死んでも、工場が止まるわけではありませんから。」
「なんとも働き者だね。あるいはその方が落ち着くのか。一度、彼女の働いているところを見てみたいな。ボクのような身では叶わぬ夢だが。」
「頼めば見せてくれると思いますよ。案内してもらいましたが、わたしよりもあなた向きです。」
「毎日出ているの?」
「はい。たまに気まぐれで昼に戻ってきて休みを取ったりはするようですが。」
「覚えておこう。しかし彼女は利口な人だね。君もそう思うだろ?」
「ええ。なんせ夫人に見初められるくらいですから。」
「それはそうだよ。なんといっても、責任の重い仕事だからね。かなりのことをやってるんだろ?」
「ええ、わたしも見ましたが、全ては理解できませんでしたからね。」
「なるほど、君が何の検査もなく中に入れてもらったわけだね。」
「十九世紀で止められた区域の工場ですよ。そもそも検査のための装置がありません。」
ポアロは肩をすくめた。
「君は相変わらず真面目だな。ただの冗談じゃないか。」
わたしはポアロをあの小屋まで送りとどけると、ゆっくりしたペースで帰った。いつも急ぎ足で駆け抜けていく森の中を、一歩一歩踏みしめるように進んでいく。
常々感じていたことだが、スタイルズ荘周辺の森は絵に描いたような美しさを誇っている。不思議なほどに動物の気配はなく、わずかな風が木々のざわめきを呼び寄せる他には、冷え冷えとするほどの沈黙があるだけだ。
さながら生物の侵入を拒む聖域。わたしも機械製の夜目がなければ、あえて足を踏み入れることはなかったかもしれない。
屋敷と森の境の辺りまで来ると、わたしは大陸ではもはや生活の中ではお目にかかれないブナの大木の根元に腰をおろした。
驚いたことに、わたしは意識が勝手に薄れていくのを感じた。身体の多くに機械を入れてから、ついぞ味合うことのなかった感覚である。人によってはわたしより多くの機械化を経ても、眠りに落ちるという過程を失わない者もいることは知っていたが、わたしはこの五年の間ずっと、電源を切るように眠ってきたのだ。
わたしはあくびをした。そうしていると、世界の全てが理解できるような気がしてきた。ポアロの意味伸長な言葉も含めて、わたしはこの世の全てを受けいれ、己がものに出来るような気分だった。口から気の抜けた音がもれる。
事件の全てが、現実ではなく舞台の上の出来事のように思える。
わたしの瞼が自然と降りてきた。
夢を見ていた。戦う夢を。「きみはまだ若い
【ヴー・ゼット・ザンコール・ジューヌ】」そして「私はそんなこと、絶対に許さないぞ。」
意識が強制的に覚醒する。
いくらかのデータが、きわめて間の悪い状況に自分が置かれたことを告げていた。少し離れたところで、ジョンとメアリが、それと分かる口調で夫婦喧嘩を執り行っているのだ。明らかに、彼らはわたしのことに全く気づいていない。わたしは考えた末、口論が終わるまでじっとしていた方が得策だと結論を出した。
ジョンが先ほどの言葉を、より荒々しい声で繰り返した。
「いいか、メアリ、よく聞け。絶対に許さないぞ。」
メアリの声は、恐ろしいまでにいつもと変わらなかった。
「ジョン、落ち着いて。」
「いまに街中の噂になる。母親の葬儀がすんだばかりで、あんな男とふらふら出歩いたら。」
メアリは首をふった。
「街の噂なんて気にしちゃダメです。いつものジョンらしく振舞ってくれれば、私は。」
「そんなことを言っているんじゃない。第一、あんなのにうろつかれるは最初から我慢ならなかったんだ。自分の身体に機械が入ってることを隠しもしないような男だぞ。」
メアリは可愛らしく首をかしげてみせた。
「機械化だって悪いことじゃないと思うの。例えば、凡庸なイギリス人の不愉快な愚かしさを改善してくれるかもしれないでしょ。」
彼女の口調はまるで物理法則を述べるように平然としていた。これではジョンの顔に血が昇るのも無理はない。
「メアリ──」
その諭すような願うような呼びかけに、彼女は何事も起こっていないかのように返事をした。
「なんですか?」
次に発せられたジョンの声には、気力では隠し切れない疲れが見え隠れしていた。
「つまり、まだバウアスタインと会い続けるつもりなんだな?」
「自由な人間は会いたい人と会えるものです。」
「わたしに逆らってもか?」
「逆らうも何も、ジョン、あなたにだって私が認められないようなお友達がいるでしょう?」