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改・スタイルズ荘の怪事件

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10,0章


わたしが勢い勇んで小屋に行くと、ノックで出てきたのはポアロではなく女の老クメルだった。彼女にポアロが村から離れていることを告げられて、わたしは博士逮捕の情報以上のショックを受けた。
内部機関を作動させ、衛星からポアロの位置を確認しようとしたが、英国の通信制限下では軍用の通信装置も機能しない。わたしは彼女を完全に見失ったことを悟った。
ポアロの秘密主義には慣れたつもりだったが、護衛の自分を置いて行方を晦ますとは想像もしていなかった。昨日、別れたときには既にそのつもりだったのだろうか。
わたしは混乱した頭を抱えながらスタイルズ荘に戻った。ポアロの不在によって、わたしがどのように立ち回るべきかが一気に不透明になった。
彼女はおそらく博士の逮捕に関わっているだろうが、憶測で行動するわけにはいかない。それにメアリ・カウンディッシュのことがある。バウアスタイン博士の逮捕は彼女にとってはかなりの痛手だろう。もちろん、いつまでも隠しておけるはずもないが気を配って悪いことはない。
一通り考えた後で、わたしはジョンに相談してみることにした。何と言っても、今では彼がこの屋敷の主みたいなものだからだ。
博士のことを告げると、ジョンは隠すことなく口笛を吹いた。
「あなたの言うとおりだったわけですね。正直なところ、昨日は半信半疑だったんですが。」
「なんて事はない推理ですよ。みなに教えるべきだと思いますか?」
彼はしばらく考えた後で首を振った。
「いずれ分かることですから。わざわざ教えてまわる必要もないでしょう。」
ところが夕方になっても、博士が逮捕されたという公式の知らせはわたしの耳には全く入ってこなかった。サマーヘイが何らかの理由で情報を押し止めているのだ。わたしは昨日の推理のことを思い、落ち着かない気分になった。
夕食の後、再びポアロの小屋まで行ってみようと部屋で身づくろいをしていると、あの見慣れた顔が窓の外からこちらを見ていた。
「ボンジュール、わが相棒【モナミ】」
わたしは迷うことなく窓から地面に飛び降りて、うむを言わせずポアロを抱えて部屋に飛び戻った。彼女はびっくりした顔をしていたが、特に文句は言わなかった。
「何処に行っていたんですか?それと安心して下さい。あのことはジョン以外の誰にも言っていません。」
ポアロは片耳だけをピクリとさせた。
「何のことだか分からないんだけど?」
「バウアスタイン博士が逮捕されたことですよ。」
「そう、彼逮捕されたんだ。」
「ご存知なかったんですか?」
「大した興味も無かったしね。驚きはしないけど。ここは海岸からも近いし。」
「因果関係がよく分からないんですが。」
「おいおい、君の専門じゃないか。」
「夫人殺害の犯人と海岸の近さとの関係が分かることが、どうして、わたしの専門になるんですか?」
「そう言葉をつなげると、妙に関係がありそうに聞こえるから面白いな。いいことを教えてあげよう。いかなる意味でも、博士は夫人の殺害の犯人ではないよ。」
「しかし、彼は逮捕されたんですよ。」
「言っておくけど、サマーヘイはこの件に全く関わっていないはずだ。もちろん、彼が急に正気を失ったのなら話の限りではないけど。」
その皮肉げな言葉を聞いて、わたしはすっかり訳が分からなくなってしまった。
「じゃあ、誰が彼を連れていったんです?」
ポアロは肩をすくめた。
「小遣い稼ぎ【バウンサー】じゃないの。」
統合政府は完璧な統治機構なので反逆者などは存在しないが、ある種の危険人物というのはどんな社会にも出てくるものだ。わたしが軍で非実在前線【イマーゴ】にいたころの噂では、彼らをどんな形でも裁きの場に引きずり出すと、間違って棒給が多く振り込まれるらしい。
「海峡の向こう側に配備されているのは、第Q72中隊ですか。この距離ならピクニックみたいなもんでしょうね。」
「誰かの庇護が無ければ、遅かれ早かれこうなる運命だったということさ。本人も覚悟していたとは思うよ。調べた限り、彼の前の勤め先で生き残っている人間は他にいないからね。」
わたしが昨日思い描いた博士の動機は全くの見当違いだったようだ。
「ミセス・カウンディッシュとの様子を眺めている限りでは、そんな危険な人物には見えませんでしたが。」
ポアロは急に笑い出した。
「何世紀か前の映像記録で君と全く同じことを言っている女性がいたよ。人間というのは、そうそう進歩しないんだな。」
ポアロはステッキから空中に映像を投影してみせた。そこには何故か黒い髪をしたメアリが映っていた。
「彼と一緒に研究所で働いていた実の娘だ。生き写しのように似てるだろう。たぶん、それが夫人の死後も彼が危険を知りつつ、ここに残った理由さ。運命というのは恐ろしいね。」
「ではやはり、博士は彼女を本当の肉親のように見ていたんですね。」
「ボク個人の意見を言うなら、君は──いや、いい。そうだね。メアリには他に思い人がいるようだし、彼らの関係は健全そのものだったはずだよ。」
それだけ言うと、ポアロはこちらを意味ありげに凝視してきた。それでわたしははっとした。自分は女性に対してうぬぼれが強いほうではないが、言われてみれば思い当たることもないではない。プロポーズの失敗が記憶に新しい男にとって、誰かに慕われている事実を知ることは最良の薬のようなものだ。
わたしが気をよくして何か言おうとしていると、そこに突然ミス・ハワードが部屋に入ってきた。エヴィはわたしには一瞥をくれず、ポアロに何かの紙を渡すと足早に立ち去っていった。
部屋で彼女が発した言葉は一つだけだ。
「意匠箪笥のてっぺん。」
ポアロは注意深く紙を広げて内容を確認にすると、また畳んでポケットの中に入れた。
「重要なものなんですか?」
「指標としてはね。ボクは彼女に何も言わなかったのに探しておいてくれたらしい。たぶん、これ以上、ボクが何もしなくて事件は解決するんじゃないかな。」
妙な言い方だが、ポアロが人を褒めることに慣れていないのは、今に始まったことではない。
「意匠箪笥のてっぺんというのは何ですか?」
「そこで、その紙を見つけたということさ。しかし、彼女はいつにも増して愛想がなかったね。」
「エヴィはいつだってあんなものですよ。」
「君が言うなら、そうなんだろうね。」
「それより、ポアロ。今回の事件の目星はついているんですか?」
「まあ、大方ね。消去法というのが何とも悲しいけど。」
ポアロはそれだけ言って廊下に出ていってしまう。後を追うと、彼女は階段の近くでドーカスにアクセスしているところだった。
「呼び鈴の故障ね。なるほど、論理構造体そのものを日ごとに全て入れ替えているのか。道理で仕掛けが見つからないはずだ。元から覚えていないのでは探しようがない。」
ポアロはドーカスに食堂にコーヒーを用意しておくように命令すると、こちらに近づいてきて、わたしの足を思いっきり踏んだ。
「もげてしまえ。」
呪詛のようにそう言い捨てた後、ポアロは一階に降りるとそのまま裏庭に飛び出し、急に飛んだり跳ねたりし始めた。きっと、そういう気分なのだろう。
「何か宗教的な儀式ですか?」
背後からの声に振り返ると、ミセス・カウンディッシュだった。