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改・スタイルズ荘の怪事件

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11,0章


………
……

気がつくと、わたしは車を運転していた。
「職務中に夢見とは、君も隅に置けないね。」
バックミラー越しにポアロが意地悪く笑う。
「まことに申し訳ありません。」
「気にしなくていいさ。夢というのも時には必要なものだよ。神になるといった大それた願いさえ、夢の中では許されるのだから。」
彼女は手元で携帯端末を遊ばせている。通信網の存在しない英国では使えない道具だが、わたしに対する当てつけだろうか。
「これはスタイルズ荘に仕掛けたカメラからの映像を見ているんだ。」
わたしの視線に気づいたのか、わたしの網膜にもその画像が転送されてきた。スタイルズ荘の住人たちは応接間に集められ、その中でサマーヘイが意気揚々と何かを喋っている。
「音声は諦めてくれ。この端末単体の処理能力では、映像情報だけで手一杯でね。」
「参加されればよかったじゃないですか。こういった形式ばったイベントがお好きなんでしょ。」
「もちろん、ボクのような存在にとって、ああいうのは晴れの舞台だからね。ただ、今回は最愛の弟子に譲るとするよ。なんせ、病み上がりだからね。」
背もたれに深く身を沈めながら、ポアロはしばらく何も言わず端末を眺めていた。スタイルズ荘の方を指し続ける上耳が、彼女の内心を語っているようでもあった。
後方でスタイルズが豆粒ほどの大きさになった頃、わたしの椅子に軽い衝撃が走った。ポアロに蹴られたのだ。
「さて、ボクたちの解決編を始めるとしよう。」
「弟子に譲るんじゃなかったんですか?」
「もちろん、あんな手垢のついた事件、サマーヘイにくれてやるさ。ボクが解くのはただ一つ、このエルキュール・ポアロ毒殺事件の犯人についてだよ。」
意気揚々と言い切られたが、わたしにはよく意味が分からなかった。
「あれはいつもの発作じゃないんですか。」
「君には事件【フェノメナ】を見る眼がないな。ボクの凱歌を汚さないでくれたまえ。ボクはね、馬鹿者【モナミ】、九死に一生を得たんだよ。まさに今、呪いの如き死から逃げ切ったところなんだ。言っておくが、これはボクの戯れなんかじゃない。この”エルキュール”・ポアロが殺されかけたということなんだよ。」
その言葉にわたしは息をのんだ。
「分かればよろしい。さて、先人に敬意を払って、最高の推理を始めよう。双子の解【ジュミニフォーミュラ】・形而上学応用【メタ・バリエーション】・女王の入れ替わり【クイーンズ・ギャンビット】。ボクのコーヒーには毒物が混入されていた。その毒物とは致死量を超えたストリキニーネだったわけだ。」
「一つ、疑問があるのですが。」
ポアロは水を差されて不機嫌そうだ。
「何かな?」
「英雄【アルゴノイタイ】のナノマシンは、ストリキニーネへの耐性を持っているはずですが。。」
ポアロは小さく首を振った。
「たまたま、ボクは前日にストリキニーネへの耐性を下げるような調整をしていてね。ほら、一緒に屋敷に行っただろ。あれは九つ子【ナイン】の別荘でね。彼のお抱え技師に頼んだんだよ。間が悪いとは本当にこのことさ。」
バックミラー越しにポアロは凝視したが、向こうは何も思わなかったようだ。もちろん、彼女がこれから行おうとしていることを考えれば、当然のことなのかもしれない。
「そして、毒をもられたコーヒーカップに近づいたのは、ボクと君が見た限り、シンシア・マードックだった。」
「ですが、シンシアが毒を持ったという証拠など何処にもありません。そんな微弱な証拠で──」
「ちょっと落ち着けよ。ボクは別にシンシアが毒を盛ったなんて言うつもりはないよ。」
「それではドーカスが犯人だとでも言うつもりですか。」
「それも無理だろうね。ボクが最後にドーカスに会ったとき、その論理構造体は平常そのものだった。あれから数分の内にドーカスに毒を盛らせる命令を受諾させるのは大陸の設備でも不可能だよ。あのタイプの文化女中器は再起動だけでどうしたって半時間は必要なんだ。」
ポアロはどこかうっとりした口調だ。持ち帰えれるなら、ドーカスを持ち帰ってしまいたかったに違いない。
「シンシアでもなく、ドーカスでもないとしたら、犯人は誰でも無いということになります。」
「だから、女王の入れ替わり【クイーンズ・ギャンビット】なのさ。一つ聞くが、君はなんで食堂に居たのがシンシアだと思ったんだ。ボクたちのところからでは、後姿しか見えなかったはずだけど。」
「それは頭のところにゴーグルの帯が見えた──」
「面白いだろう?」
「待って下さい。それでも誰が犯人なのか特定は出来ない。」
後ろから、これ見よがしのため息が一つ。
「往生際が悪いな。声が聞こえてきたじゃないか。シンシアを呼ぶエヴリン・ハワードの声が。シンシアでも無い偽者がエヴリンの声に反応する理由なんて一つしかない。絶対にエヴィと鉢合わせにならないと知っていたからさ。なんせ、自分がエヴリン・ハワード【ルシール・プライス】なんだからね。QED」
「もし、あの後ろ姿がエヴリンだったしても毒を盛ったとは限らないじゃないですか。」
「シンシアの格好をしたエヴリン【ルシール】がコーヒーカップに近づいた矢先に、ボクがストリキニーネを盛られて倒れるわけだね。興味深い偶然だな。」
「そうかもしれませんが──」
ポアロはわたしの席を強めに蹴って、反論を強引に止めさせた。表情を見る限り怒っている気配はないが、あるいは気づかぬ間に超えてはならない一線を越えてしまったのかもしれない。
「逆に聞こう。例えば、ボクが完璧な消去法によって犯人をルシール・プライス【エヴリン・ハワード】だと特定したら、君はその解答に納得するのかな。」
わたしは少し逡巡した後で、首を横に振った。
「それは何故?」
「ポアロ自身が偽証をしている可能性が消去出来ないからです。」
「ボクが自分で自分の無実を証明するのは無意味だろうね。そして、ボクの推理が歪められた基礎から始まっている可能性を否定するのも、また不可能というわけだ。」
「貴方とて神ではないということです。」
「その通りだ。ボクとて真理の前に眼を焼かれる愚かな存在ではあるだろう。なにせ、ボクは半神半人【ヘラクレス】に過ぎないから。」
「それでは──」
ポアロはつまらなそうに言った。
「君は黙ってボクの推理【めいれい】を聞いていればいいんだよ。ボクは自らに毒を盛ったりしない。また、英雄【ヘラクレス】を毒殺しようと試みた反逆者はルシール・プレイス【エヴリン・ハワード】である。そして、ストリキニーネの成分分析等から、イングルソープ夫人を殺害した犯人もまたエブリン・ハワード【ルシール・プレイス】であると考えられる。これらは真理に属すると了解したまえ。」
わたしは背筋を伸ばすと、英雄【ヘラクレス】の命令を受領した。
「本当の真理など必要無いのさ。あるいは真理とは統合政府の別名に過ぎないともでも言うべきなのかな。」
わたしは無表情で尋ねた。
「エヴリン・ハワードの処遇はどうしますか。」
「どうするって前例通りだよ。当たり前だろう。」
「統合政府はこれまで一度足りとも反逆罪で裁かれる人間を出していないと記憶していますが。」
「前例が無いのが前例さ。」
「スタイルズ荘ごとですか?」