敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
白い眼
「あれが例の航空隊長?」
「補給部隊で荷物運んでたっていうじゃん」
「そんなのがなんで隊長に」
「あれのせいで沖縄基地が……」
「やめろよ、そういうこと言うの」
「だって本当のことだろう」
「腕はいいって話だけど」
「〈がんもどき〉でガミラス墜としたって話でしょ。ホントかどうかわかりゃしない」
「一機は本当みたいだよ」
「じゃあ、そんなに腕がいいならどうして今まで荷物なんか運んでたんだよ」
「もう地球はどうせおしまいだとでも思っていたんじゃないの? いるんだよね、そういう何もかもあきらめちゃってる人間」
歩けばまわりでヒソヒソ声が聞こえてくる。自分がこの艦内で有名であると知るのにそう時間はかからなかった。古代が食堂へ入っていくと、にぎやかな話し声がピタリと止まり、誰もが互いをつっつき合ってこちらに眼を向けるのだ。トレイを手にして空いてる席を探して着くと、途端に同じテーブルの者が急いで食べ物をかき込んで席を立って行ってしまう。そしてその後、そのテーブルに来る者はいない。
シンと静まった食堂で食事を済ます。古代が出ると後ろで話し声が戻るのだ。
エレベーターに乗る。すると先客が脇に退く。こちらが見ると眼をそらし、見ないでいるとジッと横目にこっちを窺ってるのがわかる。次の階で扉が開くと、待ってた客が古代に気づいて乗るのをやめる。
エレベーターに乗るのはやめよう、と思った。黒いパイロット服が目立つのがよくないのかと思い、筋力トレーニング用のジャージ服で歩くようにしてみたが、まったくなんの効果もなかった。クルーのほぼ全員から疫病神と認識されてしまったのなら、何をしたところで無駄だ。
〈ヤマト〉の中で古代は孤立していた。山本以外に古代と口を利く者はなく、山本にしてもああしろこうしろと命じるだけ。古代の方が位が上でも立場は逆なのだから、ただ従う他になく、あの女が何を考えてるのかまるでわからない。
他のクルーから直接にイジメやイビリを喰うことはなかった。無視されるだけだ。嫌がらせや聞こえよがしの悪口もない。ただヒソヒソとささやきを交わす声が聞こえるだけ。黒いパイロット服に刺さる白い視線を感じるだけ。
トレーニングルームに戻ってランニングマシンに乗る。こいつでこれから10キロ分を走らねばならない。それから器械トレーニングを経て〈ゼロ〉のシミュレーター。終わればまたランニング。ひたすらその繰り返し。
いいさ、と思った。船の通路で白い眼浴びているよりは。〈ヤマト〉はまだ最初のワープテストとやらもできずに準備に追われているらしい。火星の陰に入れなかったために遅れを出しているのだ。おかげでまだこのトレーニングルームを使う者はなく、自分ひとりがランニングマシンの上を走っている。それは己がこの船の異端である証明だった。
そのおれがなんで戦闘機隊の隊長なんだ? その疑問が頭の中を渦巻いていた。こんな立場さえ押し付けられなきゃ、周囲の見方もかなり変わっていただろうに。
少なくとも、ここまで疫病神扱いされはしなかったはずだ。おれひとりのために沖縄で基地の千人が死んだという。それは事実なのだろう。けれども一体、おれになんの責任がある。
そうだ、それが悪いのだ。おれに責任があるのなら、おれを責めることができる。だが、責任がないのだから、おれを責めようがない。それでもおれがいたために千人死んだ事実が変わらないのなら、考えるしかない。あの古代は疫病神だと。
その男がどうして航空隊長なのだ――誰だってそう思うに決まってる。〈コスモゼロ〉に乗れるならまだしも、これから操縦覚えるだと? そんなのでこれから船を護っていけるというのか。
腕は悪くないらしい。武装のないオンボロ輸送機でガミラス戦闘機を四機も墜とした――その話が、かえって反感を買うことになる。話が本当か怪しいものだ。どうせよくあるホラだろう。パイロットが墜としていない敵を墜としたと吹かすのはどこでもあることなんだろ、と。まして三機を一度に墜としたなんて、そんな話が信じられるか――。
誰だってそう思うに決まってる。いや、仮に事実としても、そんなに腕がいいのならどうして今まで戦わなかった。このオレ達が命がけで戦い、訓練に明け暮れて、沖縄基地の者達も地球人類を救うため〈ヤマト計画〉に身を捧げていたときに、戦闘機を操る腕がありながらずっと荷物を運んでただと? そんなやつが〈コア〉を見つけて地球に届けたというだけでどうして英雄になるというんだ。
誰だってそう思うに決まってる。英雄――そうだ、この〈ヤマト〉とかいうトンデモ船の航空隊長に任命されるということは、後で英雄と扱われるということなのだ。それも船が帰り着いたあかつきには、地球人類を滅亡から救ったヒーローということに……。
誰だってそう思うに決まってる。だから、誰もが白い眼をしておれを見る。船の正規のクルーとして今も忙しく働いている者らにとって、おれみたいなまだ何もできないでいるハンパもんが英雄なんて許せるわけがないではないか。
あの白ヒゲの艦長はそんなことがわからないのか? そうでなくてもおれに航空隊長なんか勤まるわけがないじゃないか。よしんば〈ゼロ〉に乗れるようになったとしてもだ。
一体何を考えてる。おれはこの船にいていい人間ですらない。人類を救うだなんてことに関わるような器じゃないんだ。
そういうのは、と思った。そういうのは、どこかの海戦で死んだ兄貴みたいな人間の務めだ。おれの兄貴こそ英雄だった。おれはあんなふうにはなれない――。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之