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賢い鳥2

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最後の授業が終わって教師が退室すると、すぐに荷物をかばんに滑りこませた。
 右も左もそのまま自習をするため座ったままだ。部活のある生徒ものんびり片付けをしている。その中から一番に教室を出た。珍しいものを見る様子で見送る友人に軽く手を振った。
 今日は練習日だった。日が落ちる頃に始まる。まだ肌を焼くような日差しの下を享は駆け足で帰宅した。
 ひと通りの支度をしてダイニングに寄ると、皿に食事が用意されている代わりにおにぎりの包みがあった。朝のうちに母親に早めの夕飯を断っていたのだ。いつもは練習に出る前にそれを食べていく。今日は要らないと言ったから、おにぎりと外食できる分だけの小遣いが置いてあった。どちらもありがたくエナメルのスポーツバッグにしまい込む。
 玄関まで見送りに来た愛犬に「いってきます」を言って頭を撫でて玄関扉に鍵をかけた。
 いつもより早い時間の電車に乗ると、帰宅する学生の群れにぶち当たった。扉側を選んで立って、目的の駅のホームに到着すると人波に押されるようにして降車した。
 練習場とは反対側の改札を抜けて、努めて落ち着いた足取りで約束のコーヒーショップ前へ向かう。
 待ち合わせの相手は一週間ぶりに顔を合わせる瑛だ。
 先に見つけて盗み見た横顔は何も変わらない。それをつまらないと思う。その反面で安堵した。
 中学三年の夏。瑛は初めての日本代表合宿に招集された。一週間の日程で場所は同じ神奈川県内だった。一週間といっても、瑛とは学校が違う。会うのは週四日の練習日の、ほんの数時間だ。だけど、物理的な距離や時間以上に遠い場所のように思われた。
 日の丸を背負って日本のサッカー少年の代表として世界へ出る。まだ代表に選ばれた経験のない享にも、その夢がどれほど遠いか分かっていた。一度だけ、遠い夢に触れたことがある。昨年の秋に同世代の日本代表の中核を担う日本サッカー界の至宝と十分間だけゴールを奪い合った。
 相手は一学年下の同じ中学生だ。彼が到着するまでは点数的にも、展開的にも優勢だった。それをひっくり返された十分間のことは今も鮮明に思い出せる。
 最初は一人に引っ掻き回されているんだと思った。圧倒的な個人技で突破されてあっという間に一点決められて、浮き足立った仲間に声を上げて落ち着かせたのも束の間。
 たった一人がチームを変える。ボールを持っている瞬間にも、持っていない時でも、彼の首の一振りや少しのフェイントでそれまで疲れた顔をしていたチームメイトが動く。まるでそういう風に躾られているみたいだ。でも違う。まだ中学に上がって数ヶ月。しかも日本代表としてチームを抜けることも多い彼との連携が完成されていたわけではない。
 チーム全体が活性化して、その中で彼が最善の動きをしただけだ。
 練習を重ね、ベストメンバーで挑み、一時は自信も手応えも感じたチームが未完成のチームに負けた。
 腹の底から溢れてせり上がってくるいろんな色の感情にめちゃくちゃになった。自分もあそこへ行きたい。同じレベルに。それよりももっと上へいきたい。それまでは図鑑の中の真っ青な海みたいにキラキラしていて、そこに我が身を置くことを上手く想像できなかった世界を強く意識した。
 夢の舞台を求めたのは享だけではなかった。意識が変わったのは瑛も一緒だ。そして、一足先にそこへたどり着いた。
 合宿所から自宅へ戻った昨夜。瑛の方から電話があった。練習の前に会って話がしたいと言われて二つ返事で了承した。
 元々二人ともお喋りというわけじゃない。お互いの沈黙も苦にならないので喋るためだけに時間を取るのは珍しい。それもわざわざ電話をして約束を取り付けるほどだ。
 それだけのことで瑛が変わってしまったような気がした。不安と興味がないまぜになって緊張した。
 声をかける前に振り返った瑛がいつものように手をポケットに突っ込んだままぶっきらぼうな挨拶をする。
「よう」
「待たせた」
「たいして待ってねえよ。それより飯食おうぜ」
 小遣いのない中学生が選べる店なんかそう多くない。すぐ近くのファミレスチェーン店に入って腹ごしらえをした。積もる話はあるが、それよりも腹を満たすのが先だ。食べ盛りの男子なのだから仕方ない。
 注文してから料理が運ばれてくるまでの間にも会話を試みたものの、すぐに「腹減った」で打ち切られた。
 全ての皿を平らげてドリンクバーからとってきたカルピスを一口飲んで落ち着いたところで話を始めた。
 勿論、合宿の話だ。監督やコーチの話。全国から集められた少年たちの話や練習内容。語ることはいくらでもある。柄にもなく饒舌になるのも無理もない。
「すげー奴はいっぱいいたけど、やっぱ一番はアイツだ」
 ひとしきり話してから勿体つけたようにその名前が挙がる。
「逢沢傑」
 どんなにすごかったのか。語る顔が違う。
 全国屈指の選手が集まる中でも逢沢傑は特別だ。引力すら感じさせる足元の技術と広い視野とアイディアで魔法みたいに生み出されるパスが目立つが、それだけではない。厳しいトレーニングの後にも余裕を伺わせるスタミナ。年齢差を気にせず意見を交わせる度胸。試合で苦戦を強いられても苦い顔ひとつしない精神力。
 入れ替わりの激しい代表メンバーの座を与えられ続ける所以。
「練習試合でもアイツがボールを持った途端三人もマークがついた。他にも上手いやつがゴロゴロ走ってるってのによ。絶対パス出させてやるって思ってペナルティエリアに走り込んだら、マークのせめぇ隙間を貫くみたいにズパッとパス出してきやがった。ちょうどDFと俺の間で、絶対俺が先に拾うって確信してやりやがった」
 熱心に語る瑛の手元でカルピスが薄まっていく。
 一方、享のグラスはとっくに氷ばかりになっていた。時折ストローでかきまぜるけれど、手元は見ない。
 時計は意識して見ないようにした。話が面白くないわけではない。もし瑛から誘われなくても折を見て聞き出しただろう。でも、一度時間を気にし始めたら繰り返し確認してしまうだろう。まるで話を打ち切りたいみたいに。
 今ここで話を打ち切って、グラウンドへ急いで、寸暇を惜しんで練習したら次こそ声がかかるだろうか。焦燥が慰められるだろうか。少しだけ想像してみたが、そういうことではない気がした。
「そんで傑がさ、」
 あ。傑って言った。
 いつの間にか相槌を打つばかりになっていた享が目を上げる。親しげな様子が鼻についた。
 練習の様子や試合での活躍ぶりを聞かされているうちは良かった。合宿所での様子や逢沢傑が見かけによらず甘党だとか、弟がいるのだとか。つまらないことまではしゃいでしゃべるのが瑛らしくない。
 選手としての逢沢傑だけでなく、一人の少年としての逢沢傑の話なんか。
「やっべ、そろそろ時間だから行くぞ」
 ファミレスを出ると瑛は自分の話をやめた。一週間どころか一ヶ月分は喋っていたからもう充分といえばそうだった。
「留守中そっちはどうだったんだ?日曜には練習試合あったんだろ?」
 チームのことなんかすっかり忘れていたのではないかと疑っていたのに軽い調子で尋ねてくる。
作品名:賢い鳥2 作家名:3丁目