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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 20

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第71章 反撃の狼煙、超兵糧丸


 ウェイアードの人間に施された、一月という猶予期間はついに、終わりの時を迎えてしまった。
 一月前、デュラハンと名乗る破壊神が世界の人間に、あまりにも短い余生を送る時を与えると宣言した時と同様に、数日前、デュラハンは世界へと破壊の宣告をしたのだった。
 世界は阿鼻叫喚とするかと思いきや、既にこの一ヶ月間で絶望の淵に立たされた人間達は、瘴気に当てられ、無気力となっていた。
 絶望を超え、むしろ人間達に芽生えた感情は、神によって破壊され、ようやくこの苦しみから解き放たれるという喜びと化していた。
 その様は、まるでデュラハンを神として崇め、その手に掛かる事を名誉とする邪教信者に等しいものであった。
 しかし、待てど暮らせど、破滅の時はいっこうに訪れなかった。
 その理由は、デュラハンがイリスとの融合に手間取っているためだと、人間達に知る由もなかった。
 仲間を浚われた、彼らを除いて。
 ロビンとその仲間達は、三週間にも及ぶ、打倒デュラハンを目的とした血の滲む鍛錬を終了していた。
 いや、厳密には三週間みっちりと修行はしていない。デュラハンが宣言する五日前から、ヒナによって鍛錬は止められていたのだ。
 当然の事、ロビンをはじめとする全員は、デュラハンと戦う前日、更に言えば当日の朝まで自らを鍛えることを望んだ。しかし、ヒナは言うのだった。
「これ以上無理したら、そもそもデュラハンと戦えるほどの力が残らないわ」
 このように言い、ロビン達に休みを与えたのである。
 指導に当たってくれていたヒナも、その言葉を最後に一切の指導も、自らの鍛錬も止めてしまった。ここ数日、剣を持つ彼女を、誰一人として見ていない。
 その代わりに、ヒナは洞窟の中に石を積んだだけの簡素な竈を作り、洞窟の入り口に干して干物にした、とても食用とは思えない物までもこしらえた。
 更に、羽根ペンにインクという、ロビン達が使用する筆記用具とは違う、筆というイズモ村に特有の用具によって、絵と共に綴られた難しい古文書を開き、一日中あれこれ思案していた。
 食事もまともにする事はしなかった。仲間の内では、もしやヒナは力通眼を通してデュラハンに対し、最早勝算がないと読んで、毒薬の類を作りだし、死のうかと考えているのではないか、という邪推が生じたほどであった。
 心配になったロビン達は一度、ヒナが何をしているのか訊ねようとした。しかし、大事な作業の邪魔だと追い返されるだけであった。
 来る日も来る日も、洞窟内の竈の前で首をひねるヒナであったが、たまに様子を見ようと、ロビンは陰からこっそりと覗いた。
 しかし、ロビン達には休むよう言いながら、もう何日もろくに休息もせずに古文書を繰るヒナには、まるで疲労の色が見られなかった。
 それは何か、体力を永続的に保持する物、または手段によって、一切疲労しない体を手に入れたかのようであった。
 そして、デュラハンが世界破滅の宣告をしてから約五日後、ヒナが篭もる洞窟から、彼女が出てきた。ずっと竈の前にいたためか、装束はすすで汚れきっていた。
「やったわ! ついにできた!」
 普段から物静かなヒナには珍しく、とてもはしゃいだ様子であった。顔にも付いたすすを気にかけず喜ぶ様子は、まるでいたずらっ子が悪さをして笑っているのと大して変わらなかった。
「あの、ヒナさん? 一体何ができたんですか……?」
 顔も服も真っ黒にして、喜んで出てきたヒナを前にして唖然とする一同を代表し、ロビンが訊ねる。
「何ができたかって? それなんだけどもう、聞いてよロビン!」
 まるで人が変わったように、ヒナははしゃぎ続けていた。長いこと暗い洞窟にいたせいで性格が変わってしまったのか。そんな疑問さえも浮かぶ。
「……分かりましたよ。聞きますから、とりあえず落ち着いて下さい」
 ロビンは宥めた。
「ああ……、ごめんなさい。恥ずかしいわ、私としたことがついついはしゃぎ過ぎたわ……」
 ロビンに宥められた事で、ようやくヒナは元通りの彼女に戻った。何らかの要因で性格がおかしくなってしまったのでは、と思っていたロビン達だったが、安心した。
「一体洞窟ん中で何やってたんだ? オレらが声かけても、向こう行け! だったしよ」
「あら、ジェラルド。あたしそんな乱暴な言い方してないわよ」
「いや、これは言葉の文っつうか……って、それはどうでもいいんだよ! オレはヒナさんが何してたのか訊いてるんだよ」
 他の仲間達もロビンやジェラルド同様、ヒナが何をしていたのかとても気になっていた。
 洞窟から突然、子供のようにはしゃぎながら出てきた所に、呆気にとられていた一同の視線が、真剣なものになってヒナへと集中する。
「あたしがやってた事、それはね……」
 ふと、ヒナは袖口に手を入れた。取り出したのは、一枚の布切れである。それで顔を拭おうとした。
「うわ、これ真っ黒じゃない。誰かきれいな拭くもの貸してくれない?

 食い入るようにヒナを見て、来るであろう言葉を待っていたロビン達は全員、緊張感を奪われた。
「だああっ!」
 ロビン達は一様に地面に崩れた。
「ヒナさん! 真面目にやって下さいよ」
 苦笑しながらロビンが言う。
「ごめんごめん、顔がすすまみれのままじゃ、気持ち悪くてね……」
 どうぞ、とメアリィからきれいなタオルを受け取り、ヒナは顔を拭った。
「さて、顔もすっきりしたし、話そうかしら。あたしがしていたのは……」
 ヒナは真顔になり、ようやく彼女の目的が話されようとしていた。しかし。
「ん?」
 突然、ヒナは何かに気が付いたように黙り込んだ。その表情はだんだんと険しくなっていく。
「ヒナさん、あんたまたボケてんのか?」
 ジェラルドは、またヒナがつまらぬ事を言い出すのかと、やはり苦笑しつつ訊ねた。
「……何かがここに来る!」
 しかし、ヒナは真に迫っており、その表情は本気の考えから来ているものだった。
「おいおい、しつこいぜ……」
 尚も苦笑いを浮かべるジェラルドであったが、ついにもう一人、ヒナの意図を理解するものが現れた。
「ボクにも分かりますよ……」
 イワンが言った。ヒナならばいざ知らず、イワンまでも冗談を言うはずがない。
「誰かがここに、現れようとしています。これは……、風の力……?」
 いよいよロビン達も真剣な表情になった。冗談でもはったりでもなく、本当に何かがここに現れんとしている。それはデュラハンの手下か、それとも別の何かか。
「みんな構えて! 何かはっきりとは分からないけど、異形のものが来る!」
 ヒナが叫ぶと、全員背中合わせになり、どこからでも対応できるよう身構えた。
「っ!? この感じは……。みんな、武器をしまって下さい!」
 今度はイワンが叫んだ。
 風のエレメンタルに属す彼にだけは分かった。
「どうしてだ、イワン?」
「何だか、ボクと似たような力を感じるんです。うまく言えませんが、デュラハンみたいな悪しき力は感じられない……」
 この場に迫り来るは、デュラハンの配下ではない。同じエレメンタルに属す、風のエナジスト。
 突如として、イワンらエナジストの心に、謎の声が響いた。
ーー私は、みなさんに危害は加えませんよ……ーー