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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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巻き寿司



「へえ」と言った。「〈銀河〉か」

「ああ」

と古代。この男が天の河銀河の渦を『でっかい海苔巻き』と呼ぶのを真田はいつも聞いていた。おれが育った家の近くに〈海苔屋〉がある。その海苔で作る巻き寿司はすごくうまいんだ。だからいつかお前にその〈ちっちゃな銀河〉を持ってきてやるよ、という話もずっと――どうやら、その約束を遂に果たしに来たわけだ。真田は友と笑い合った。

「どれ」

と言って手を伸ばした。柔らかいものをつまむときには注意が要る。感覚のない指で慎重にひと切れ取って、真田は寿司を口に入れた。

「どうだ?」

と古代。

「さあ」と応えるしかなかった。「よくわからんが、確かに海苔が違うような気がするな」

「ちぇっ」

と言った。基地は反戦の団体に取り巻かれているはずだった。「正面から入ったのか」と聞いてみると、

「そんなわけないだろう。ツバびたしになっちまうよ」

「だろうなあ」

タマゴを投げつけられたとか、クルマを傷だらけにされ、タイヤに穴を開けられたなんて話もあると言う。耳を澄ませば、『波動技術の軍事研究はんたーい』と拡声器でがなりたてる声が聞こえる。地球人は太陽系を出てはならなーい! 波動砲など造ってはならなーい! ガミラスさんはそれを我らに教えに来てくれたのだーっ!

「まったく」と古代は言った。「こんな星、護る価値があるんだろうかとときどき思うよ。おれのしてることなんなんだろうな」

「世界とか人類とかじゃなく、お前の好きなその寿司を守るんだと思えよ。三浦の海で海苔を作る人がいるからそれが食えるんだろ」

「うん」巻き寿司に手を伸ばし、つまんで眺めながら言った。「まあな」

古代守は元々は、宇宙船に乗りたくて軍に入った人間だ。より正確に言うならば、外宇宙を旅する者になりたくて――地球人類はあと二十か三十年で波動技術を確立させ、星の海に乗り出していけるはずだと言われている。天の河銀河の渦を眼で見る最初の人間になりたいと言うのが、古代が軍に入った動機。対して、真田は軍人と言っても技術研究員で、波動技術の確立を目指す学者だった。もっとも、波動技術と言っても、やっているのはワープ船の開発でなく波動砲の研究だが。

同じ基地で波動技術に取り組んでいても、やってることはまるきり違う、と言うのが真田と古代の関係だった。廊下ですれ違うだけの間柄でもおかしくないが、なぜか知り合い友情が生まれた。分野が違うというのがかえってよかったのかもしれない。

この時点で、ガミラスが現れてから一年。古代は外宇宙に出るよりも太陽系を護ることを考えねばならず、真田も〈砲〉を冥王星を吹き飛ばすための兵器と考えねばならなくなった。本来は巨大隕石を止めるためのものなのにだ。もっとも、おれのそもそもの動機も別のところにあるが――考えながら、真田は機械の手を伸ばし、また巻き寿司をつまみ取った。この腕だ。それから脚だ。おれは科学が憎いから、軍に入るしかなかった。波動砲の軍事研究。それ以外に選ぶ道を持てなかった。

真田が波動砲を造ろうとするのは、人が愚かな生き物だからだ。人は科学を過信する。巨大なスペースコロニーなどを宇宙に浮かべてしまうかもしれない。直径数キロ、全長が数十キロの分厚い土管……これが何かの事故により地球に落ちる確率は千年に一度くらいかな。無視していい数字だから、十基二十基と造りましょう。

そんなことを言って本当に造りかねない。政治家だの官僚だの、銀行屋やら株屋やらには、十基造れば百年に一度、二十基ならば五十年に一度、それが落ちるという計算はできない。百造ろうが千造ろうが、千年に一度と言えば一度なのだ。999年間は一基も落ちないという意味なのだ。そして千年経ったとき、自然にパッと消えてなくなってくれるという意味……大学の経済学部の数学では、それが正しい算法とされる。人は愚かであるがゆえに、そんな者達を秀才と呼ぶ。

スペースコロニー。宇宙に浮かぶこれも巨大な太巻き寿司――それが造れて生み出す利益が莫大なものであるならば、人はそれを造るだろう。もしも落ちたらどうなるかなど考えもせずに。

安全性の議論はじっくり重ねました、各分野で一流の人が安全と言っているから安全です。だから絶対、これは安全なのですと言って造ることだろう。実際、計画が進んでいた。元を取るのに何年かかるかの問題というところにきていた。建造費を回収するのに百年かかるようならば誰も手を出さないが、十年で一基造れて元を十年で取ることができ、後はガッポリと言うのなら、カネの亡者の蚊柱が立つ。ワープ船が外宇宙へ出るのが先か、地球の上に安物の双眼鏡でも見えるほど巨大な蟻塚が浮かぶのが先か――この22世紀末、人類の科学はそんな段階に至ろうとしていた。

しかし、もし、その蟻塚が軌道を外れて地球に落ちたら、十億が死ぬのだ。それでも、人はいい。人が己の愚かさのために死ぬのは自業自得だ。だが自然の生物を巻き添えにしてどうするのか。

まあ、もし落ちるとしても、軌道を外れて十五分後に落ちることだけはさすがにない。地球にブチ当たるまでに何日も何週間もかかるわけだ。だからその間に人を避難させられるものならして、然るのちにドカンとやる。その手段が必要じゃないのか? 万一の際に地球に落下する前に粉砕してしまえないなら、宇宙にあまりに巨大なものを浮かべてはならない。落下対策はひとつでなく、二重三重に必要じゃないのか?

波動砲が確実な破壊手段のひとつになるなら開発すべき――このように考えたのが真田が波動砲を研究する理由だった。もっとも、まだこのときには、末端の研究員に過ぎなかったが。

ガミラスが来るより前から真田は自分から志願して波動砲の研究員になっていた。その頃に『スペースコロニーが落ちる前に壊す』と言っても研究費はなかなか降りてこなかった。大学の教授達は代わりに言った。

『真田君、スペースコロニーが落ちるとしても千年に一度のことだろう。だから造って百年くらい経ったらどこか遠くに運んでいって、そこでバラバラにしてしまえばいい。常に入念に保守点検し、ちょっとヤバそうなものがあればそうする。これなら千基浮かべようと、万基浮かべようと絶対安全と言えるじゃないか。スペースコロニーは落ちないのだ。人類の叡智の結晶なのだよ。落下対策を万全にすれば安全なのがわからないかね』

『必ず教授の言われるようになると保証ができるのですか』

『そんなこと、ワタシは知らんよ。とにかくスペースコロニーは落ちない。二度と「もし落ちたなら」と口にするのはやめたまえ』

そんな調子であったものが、冥王星を撃つため、今は、カネがザクザクと降ってくる。こうして軍からお呼びがかかり、待遇に恵まれる身にもなった。とは言え――。

「おれもあくまで、波動砲は地球の自然を守るためのものと考えているからな」

と真田は古代に言った。古代は寿司をモグモグしながら頷いて、飲み込んでから「そうだな」と言った。

「言っとくけど、だからって、外の連中と違うぞ」

「わかってるよ」