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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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NG



『総員に告ぐ。これより〈ジャヤ作戦〉を開始する。戦闘配置に就け!』

艦内放送で森の声が響いたとき、古代はトイレで便器に向かって胃の中のものを吐き出していた。洗面所で顔を洗い、うがいして、鏡に映る自分の青い顔を見る。トイレを出るとそれまで背中をさすってくれてた結城が言った。「大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

航空隊の区画に向かう。通路は持ち場に就こうとするクルーでごった返していた。

最後の休憩や仮眠の時間は終わったのだ。〈スタンレー〉に行くためのワープの秒読みが進んでいる。古代としてはしかし〈ゼロ〉に乗る前に部下のタイガー隊員達と向き合わなければならないわけだが――。

それができずに便器にかがんでゲーゲーやっていたしまつ。横で結城がなんだかオロオロしているのは、食堂を出た時点で上に『古代はOK』という報告を送ってしまったかららしい。

オーケーでもなんでもなかった。通路の角を折れた途端に体が空中分解を起こした。

あのヴァーチャル訓練で〈ゼロ〉が真っ二つになったように――あのときは、三機の〈タイガー〉に挟まれて一機が前から突っ込んできた。慌てて避けたらでんぐり返ってもうグニャグニャだ。けれども今度は、32人全員と向かい合わねばならなくなって逃げようがない。

どうする、と思う。考えただけで、足がもつれそうになる。一応は自分の部下とされる者らにこれまで全然まともに対してこれなかったのに、決戦にあたって激を飛ばせだ? このおれが? そんなの、無理に決まってるだろ。

素人探偵が全員集めて『さて』と言い、『この中に犯人がいる』とやったらザッパーンと崖に波が叩きつけ、『なんですってえ』とみんながみんな息を呑むのはくだらない二時間ドラマの話の中だけだろうがよ。このおれなんかが歴戦の兵(つわもの)どもを前にして、『諸君の健闘を祈る』なんて言えるわけないだろうがよ。アニメやゲームの主人公じゃないんだからよ。『人類を滅亡の危機から救えるのは我々だけなのだ』だとか――そういうのは今日まで必死に働いてきたそこにいる船務科員のこの子の方がよっぽど言う資格があると思いますよ。でも、おれにはないですよ。

何よりタイガー隊員達がそれをよく知っている。おれが何をしゃべろうと、士気を下げさすだけじゃないのか。しかしだからって、仮にも隊長が戦いの前に何も言えず部下の前にも出られないと言うのでは……。

それでは、きっと敗けるだろう。航空隊だけの話ではない。〈ヤマト〉全艦に影響し、船の力を損なわせる。古代はついてくる結城を見た。この子こそが真の戦闘員でありこれからずっと戦いの間、船の中を走り回るくらいのことは自分にもわかる。ここで斬り込み決死隊の隊長が手下に向かって『オレについて来いやあ』と言えない姿を晒したら、その途端にすべてがオーケーでなくなってしまう。みんながみんな腰砕けで敵に向かうことになる。

〈ヤマト〉が沈めば人類は終わり――でも、無理だ。おれには無理だ! 古代は思った。部下にどう向かっていいか、そもそもまったくわからないのに、これから何を言えと言うんだ。

また吐き気がこみ上げてきた。目眩(めまい)がして、気が遠くなりそうだった。航空隊の区画に入ると、いよいよ足がもつれ出した。向かうべきはかつて一度入っただけの〈タイガー〉の格納庫だ。

あのときの記憶が頭に蘇った。加藤に無視され、タイガー乗りらにそっぽを向かれ、整備員や離着艦作業員らが黙り込み、白い眼をして見る中を歩き過ぎるしかなかった記憶。あのとき、誰も彼もの顔に《なんでこいつが隊長なのか》と書いてあるのが読み取れた。

あそこにまた入るのだ。隊長らしいことなんてとうとうただのひとつもやってこないまま――加藤以外に誰の顔を覚えることも、言葉を交わしたこともないまま――。

それでどうしてやっていける? 今更どうして、このおれに隊長ヅラができると言うんだ。

古代はとうとう立ち止まった。やっぱり無理だ、できないと思った。おれが隊長としてふるまえなけりゃ人が滅びるのだからふるまえと言われてもできないものはできない。そうだろ。当たり前じゃないかと思った。だいたい、誰が隊長にしてくれと言った。できます、やります、やらせてください、オレが地球を救ってみせますなんてこと、ひとことでも言ったか、ええ? おれは言った覚えはないぞ。あの艦長がなぜか無理矢理そう決めたんだ。それで『少しは士官としての自覚を持て』とか、『とにかく隊長にしたんだからお前には義務や責任が』とか、普通だったら言いそうなこと言うかと思ったら、言わない。それどころか『すまない』だの『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』だのわけのわからないことばかり……。

あの白ヒゲは一体どういうつもりなんだ! こうなることがわからなかったのか! このまんま船が敗けてもいいのかよ!

いいわけがない。とにかく、おれが、シャンとできればいいことなんだ。それだけなんだ。ただそれだけ――古代は思った。そうだ。後は知るもんか。さっき考えたじゃないか。おれが〈ゼロ〉でビュンと飛び出し、冥王星でいきなり敵に撃たれて殺られちまったとしても、そこにいるこの子がおれを憶えていてくれるならそれで構わないじゃないかと。だからとにかく、やるだけのことチャチャッと済ませて後は知るかでいいじゃないか。それで結果がどうなろうと、こんなおれを隊長にしたあの沖田が悪いんだ。

そうだろ、と思う。〈ゆきかぜ〉。あの船。兄貴にできなかったことがおれにできるわけがない。タイガー隊に『ついて来い』などおれに言えるわけないんだから、素直にそう言うしかない。『おれの方がついて行くからみんな頑張ってくれ』とでも言って、解散することにしよう。うん、そうだ。そうしよう。それでいこう。決めた。ハハハ。いいんじゃないかな。

いいわけねえじゃんかよお。でも、どうすりゃいいって言うんだ。何も思い浮かばなかった。足が床に貼り付いて、離れなくなったように感じた。ワープへの秒が読まれている艦内で、古代は立ち止まったまま壁に手をつき動けなかった。