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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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ピン



『ワープまで六十秒』

森船務長の声がスピーカーから流れ出て格納庫内に響くのを、加藤は絶望の想いで聞いた。待ってくれ、と叫びそうになる。今〈スタンレー〉に行けば敗ける! よりにもよってこのボンクラ隊長が、今、並んでいる部下の前で最も言ってはいけない言葉を吐きやがったんだ! ドタン場もいいところのこの状況で! やっとこの場にやって来たと思ったら自分で自分を『疫病神』と抜かしやがった! この大バカは今が一体どういうときかわかってるのか? テメエが一体何をしたかわかってるのか?

古代! と思った。こいつは、いま滅亡の縁から転がり落ちていってる地球を、脚で蹴飛ばしやがったのだ! 最後の望みの綱(つな)を切った! 疫病神どころか、最凶の災厄の神だ!

ひょっとしたらひょっとして、ひょっとするのかもしれない、こいつは地球と人類を救うやつなのかもしれないなんて、ちょっとでも考えたおれがバカだった! まさかこいつは、このために、あの日にこの〈ヤマト〉の中に迷い込んできやがったのか? わざわざ! カモがネギじゃなく、このタイミングで爆発するでっかい時限爆弾しょって! それでハラホロヒレハラの、ガチョーンのダメダコリャのコリャマタ失礼シマシタになって、笑って済むもんと思ってるのか?

そういうギャグは〈大和〉が沈んだ昭和の時代に終わってるんだ! よくもここまでヤキモキと他人という他人の気を引っ張るだけ引っ張っておいて、ワープまであと一分の今になって言いやがったセリフが『〈アルファー・ワン〉になれない』だと! この腕だけ超々プロのわけのわからねえ他人のフンドシ取り野郎が! そんなことはテメーみてーなドシロートにわざわざ教えてもらわなくともこっちの方がよく知っとるわ!

だからといって言うんじゃねえ! いちばん言っちゃいけないことを言うんじゃねえ! 加藤は叫んで飛び出して古代を殴り飛ばしたかった。古代。こいつに隊の指揮などできないのはわかりきっていることだ。しょせんアマチュアなのだから。だが今更、このように事がなってしまった以上、そんなことは問題じゃない!

こいつはいちばん大事なことがわかってない! プロじゃないからわかってない! 加藤は思った。こいつがいま言うべきなのは……と考えてだがしかし、何も思い浮かばないのに気づいた。『〈アルファー・ワン〉になれない』など、言ってはならない最悪中の最悪ワードであるのはわかりきっている。だが、古代は、今ここで、その代わりになんと言うべきだったのか。

わからない。まったく思いつかなかった。これがプロの指揮官ならば、言葉はなんとでもなるだろう。だが古代は坂井ではない。同じマニュアルに従って同じ演説をするわけにいかない。

この状況で古代のような半チクのための演説マニュアルなんてものがあるわけが――そうだ、何も言えないからこの場に古代は出て来れず、〈ゼロ〉の格納庫に行ってしまうか、首でも吊るか拳銃を咥えて引き金を引くかしてしまったのだろうと考えていたのだ。なのにこいつは現れた。あんなに顔を青ざめさせて、もうちょっとで右手と右脚一緒に動かしそうなほどぎごちない足取りでよろめき歩き、今にも泡を口から吐いて倒れそうになりながら、それでもそこに立っている。だから、こいつはひょっとして、何かを――そうだ、奇跡を――起こす男なのではないかと願いを込めて見さえしたのに。

なのにこいつは言いやがった。今このときに言いやがった。『おれは疫病神だ、〈アルファー・ワン〉にはなれない』と。〈スタンレー〉に赴くためのワープまであと一分というときに――加藤は目の前が真っ暗になるのを感じた。ダメだ。これでおしまいだ。おれ達は敗ける。地球を救えず、全員が、八つ裂きにされて終わるのだ。

〈ヤマト〉はどうなる。沈むか、もしくは地球に戻り、逃亡船となり果てるか――どうせそんなのうまくはいくまい。日本天皇の一族が三種の神器を持って逃げたらそれで何がどうなるてんだ。人類は昨日絶滅したと言う。だが、本当の瞬間は今だ。

このがんもどきがそこに立ってテンパッた挙句にとうとう『〈アルファー・ワン〉になれない』と言い切りやがったときなのだ。自分で自分を疫病神と認めやがったときなのだ――加藤は思った。58、57、56と時計が秒を刻んでいる。ワープまでのカウントダウン。だがそんなのもう意味がない。人類の存続不能は確定したのだ。

古代。こいつは一体どこまで間の悪いやつなんだ? 艦長はなんでこんなのを隊長にした? ちくしょう、こんなことならば、どこかでおれが〈アルファー・ワン〉を代わりに名乗っていればよかった。でなきゃ、山本を名乗らせるか、アステロイド辺りでどうにか〈ゼロ〉に乗れる者を呼び寄せるか――それではダメだとわかっていようと古代よりはマシなんだから。

そうだ。そもそも艦長が、地球で代わりのパイロットを手配すべきだったのだ。だが、それではいけなかった。古代でなければいけなかった。沖田艦長の考えが今ではやっとわかりかけた気はしていた。しかし、すべてではない気持ちも。

何かひとつ、頭の中にどうしても抜けないピンがあるような気持ちだ。その一本が抜け落ちれば、艦長がどうして古代を隊長にしたか完全に理解できるような――だが知恵の輪の曲がった棒が噛み付いたようになっていて離れない。ごく簡単なひとひねりで解けるような気もするのに。

だがダメだった。このドタン場でどうしてもやはりそのピンは抜けなかった。抜けたならばいま古代が、この場でなんと言うべきだったかわかって教えてやれた気もする。それでおれ達は敵に勝てる。そんな気持ちさえもする。なのに、抜けない。どうしてもだ。加藤は今すぐ自分で自分のドタマをカチ割り脳に手を突っ込みたいとさえ思った。本当はおれは答を知ってるんだ! そう叫び出したかった。古代、お前を隊長にすると沖田艦長が決めたのは――。

そうだ、疫病神だからだ。しかし、違う。何かが違う。疫病神はお前じゃない。お前のせいで起きたことなど実はひとつもないのだから、お前は疫病神じゃない。なのに、それでも、お前は疫病神だった。どういうことだ。それがピンだ。抜けない。こいつが抜けさえすれば。

艦長の考えがわかる、と思った。おれはそもそも、最初からわかっていたはずなのだから。

この古代と最初に対面したときに、おれはなんと言ったろう。『やめろ、こいつが悪いんじゃない』――それは部下に言ったセリフだ。戦艦〈大和〉の残骸の前で、『お前のために基地が殺られ、坂井隊長も死んだんだ』となじった者に向かって言った。誰もこいつがボロ貨物機でガミラス三機も墜としたなどと信じてなんかいなかった。とんだお調子もんのためにすべて台無しになるとこだったと皆が考えてしまっていた。

だが、それでも、この男が〈ヤマト〉に必要なブツを運んできた事実に変わりはなかったのだ。だから部下に『やめろ』と怒鳴った。こいつはどこからどう見ても、まったくグーニーバードだった。半ばニートの引きこもりのような、操縦室から出て他人と交わることもロクになさそうなパイロット……。