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Real Fake

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水たまりを跳ねて声をかける。だなんて、単純で古典的な手を使ったものだ。その安易な発想に呆れてしまう。
乗せられた車の中でそう思ったのは、つい数分前のこと。
気がつけばどこかのホテルのフロントに居た。着替えてくると良いと手渡されたのは、ホテルのルームキー。少しばかり彼女―マーゴット・オレンジ・ペコーという一秘書に扮したリザは、戸惑った表情を浮かべて手にしたキーを見つめ、それからロイを見つめた。
あなたはどうされるのですか、と問うと、誰かに着替えを見られたいのかと茶化した返事が寄越された。そしてまた演技に戻り、着替えたらお近づきの印にお茶でもしましょう、と彼女の手の甲にキスをした。
なんとなく釈然としないながらも、彼の言葉に従って着替えを済ましてロビーへと下りてくると、彼はラウンジでコーヒーを飲んでいた。
「着替え、ありがとうございました」
「なに。困っている女性を助けるのは当然のことだよ」
一応礼は言うべきかと思って声をかければ、ロイはよそいきの笑顔で平然とそんな事を口にする。自分がスカートをわざと汚させたくせに良く言うものだ。わざわざ礼など言わなければ良かったと、少し後悔をした。
とりあえず立っているのもおかしいので、彼の向かいに座り、注文を取りにくるウェイターへ飲み物の注文を伝えた。
「……その注文は君の名前になぞらえてかい?」
紅茶を注文した際に口にしたオレンジペコーの一言を聞き、明らかに面白がっているロイの口調に、馬鹿馬鹿しいと彼女は肩をすくめてみせた。
「いいえ。ただの偶然です。メニューにありましたから。
それに、私にはそういったユーモアのセンスはありませんので」
「ふうん……」
適当に相槌をうつ様子からは、きちんと彼女の言葉を捉えているのか疑わしかった。
やけにじろじろとこちらを舐めるように眺める視線が気になって、なんだか落ち着かない。
「……何か」
「いや。スーツ姿も良いものだと思ってね。
素敵だと、マーゴット女史」
さっきは車が動き出した途端、堪えきれないとばかりに笑いだしたくせに。と、むっとして彼を睨みつけた。
何か一言文句でも言わなければ気が済まないと口を開きかけたのだが、ラウンジの奥に銀のトレイを持ったウェイターの姿が見えたので、すぐに意識を切り替えなければならなかった。
ロイにもそれがわかったのだろう、変に茶化すような雰囲気は消え、先ほどまでの演技が再会される。
「本当に先ほどは失礼いたしました。さぞご不快だったでしょう」
「いえ……もう済んだことですから」
偽装工作のための芝居をしながらも、むすりと不機嫌な表情は本物だ。相手もそれがわかっているのだろうから、余計に腹が立つ。
「汚してしまったあのスカートは、必ずクリーニングをして届けさせますので」
「軍の方の仰ることはあまり信用できませんから……」
「でしたら貴女に直接会ってお渡ししましょう。文章にしたためてお約束します。もしも私が約束を破ったなら、近くの司令部にでもそれを送ってくださればいい」
彼女が軍人嫌いの秘書を装って話しをすれば、それを上回る熱っぽさで彼は言葉を重ねてくる。普段はその熱弁を一体どこで奮っているのやら。
「あなたが本当に軍に属される方、という確証はありませんわよね」
「これはこれは……手厳しい」
くくく、と余裕の笑いの途中に、注文の品をお持ちしましたと、静かなウェイターの声が割って入った。
「私が貴女にもう一度、ぜひお会いしたいのですよ。今度はこんな無粋な軍服姿ではなく、ありのままの私でね」
第三者を目の前に、堂々と口説き文句を口にする。
そのせいで、紅茶を置いた去り際にウェイターがちらりと秘書と軍人の取り合わせを見比べていく。その視線からは下世話な好奇心がはっきりと感じ取れて、いくらカモフラージュだとしても、人前で平気で口説くだなんてと、呆れまじりのため息が自然とこぼれた。
「今は仕事中ですから。そう言われても困ります」
ふいっと視線を逸らすと、伸びてきた手に眼鏡を奪われた。
「ちょっと!」
思わず抗議の声をあげるものの、そんな非難にも慣れっこのロイは平然と笑っていた。
「ほら、眼鏡がなければ仕事中ではないだろう?」
「何を馬鹿な……。
返してください」
「残念ながら今の君は秘書じゃない。
私の部下だよ、中尉」
さらりと告げられた芝居全てを無駄にする言葉に、彼女はとっさに周囲を見回した。
せいぜい先ほどのウェイターの小さな後ろ姿があるくらいで、幸いにして近くに人の姿は無く、今の言葉が聞かれた恐れは全く無かった。ほっとして視線を戻せば、確信犯の笑いでロイがこちらを見つめていた。わかっていて言ったのだ、この男は。
「眼鏡一つで秘書から軍人に変わるなんて面白いね。ホークアイ中尉」
「……なにか随分と溜まっているようですけれど、欲求不満か何かですか」
皮肉のつもりで言えば、涼しい顔で相手はコーヒーを口に運ぶ。マーゴットの眼鏡はしっかり胸ポケットにしまって。
「そうだね、溜まっているとすれば、君が不在の間の仕事くらいなものかな。君の事が気になって、仕事が手につかないんだがね。
……ひょっとして恋の病かな、これは」
「……大佐」
「冗談だよ」
書類の行方に不安を抱き、一層冷え込んだ声の響きに流石に危機感を覚えたのか、ようやく軽口は止んだ。
コーヒーの入ったカップがソーサーに戻され、かちゃりと陶器の触れる音が響く。
「まあ今までの戯言はともかくとして、私は軍人として君の能力の高さを知っているし、信頼もしている。けれど、別の部分では当然心配もするし、他の男に対して嫉妬だってするよ。一人の男としてね」
急に怖いくらいに真剣な眼差しを向けられて、彼女は言葉に詰まった。
だがその鋭さはすぐになりを潜め、蕩けそうに甘い視線にとって代わる。
「世の秘書を恋人に持つ男性は、誰もがこんな風に不安を抱えているのだろうかね?」
「……仕事がありますので、失礼します」
付き合っていられないとばかりにため息をつき、手を差し出すと、先ほど取り上げられた眼鏡が乗せられた。受け取ってそのまま立ち去ろうとした途端、不意に手首を掴まれた。
思わず顔を上げると、笑みの消えた真摯はロイの顔が目に入った。
「もっと君のことがよく知りたい」
不意打ちの真剣な眼差しに、不覚にも甘い感情が芽生えてしまう。一瞬でも、本当に自分がどこかの秘書で、今日初めて出会った彼に口説かれているのではないかと錯覚を覚えるほどに。
演技でも何でもなく、彼女の頬にさっと朱の色がさす。
恥ずかしそうに戸惑いまで見せてしまいながら、こうやって女性は彼に口説かれるのだと、身を持ってそれを知ってしまった。
「やめてください……。人が、見ます」
「誰もいないよ」
それはわかっていたけれど、彼の部下ではなく、ただの秘書マーゴットとしては、そのまま平気な顔をしてその場に留まることは、とてもではないが耐え難いものだった。
離してくださいと訴える声は、消え入りそうに小さいものになる。
「次に君に会えるのは何処だろう」
ああこれは仕事の話なのだと考えながら、ようやくの思いで二駅離れた町の名前を口にした。

◆◇◆ ◆◇◆
作品名:Real Fake 作家名:ヒロオ